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08/31/2004

アメリカのお薦め子供番組:”Dora the Explorer"

子連れでアメリカに来てみると、いろいろと大変なことはあるのですが、それ以上に楽しいことも多かったりします。その一つは、幼稚園など学校関係での知り合いが増えるということです。似たような年代の子供を持っていると、いろいろと共通の話題も多いし、話していて共感できるところが多いんですね。

そしてもう一つは、楽しい子供番組に出会えることです(もちろん子供がいなくたって子供番組を見ることはできるのですが、やっぱりいるほうが見る機会は圧倒的に多いですから)。最初のうちは子供が見ているのを横目で見ているだけだったのが、いつの間にか大人のほうが夢中になっていたり(笑)。

Dora the Explorer今日は、そんな番組から"Dora the Explorer"をご紹介します(テレビショッピングか!)。主人公のDoraと、その友達(?)のサルBootsが繰り広げる冒険なのですが、その途中に様々な「問いかけ」があって、「次に何をしたらいいか」「この状況を打破するにはどんな道具が必要か」などといった「考える力」も養っていく番組です。

実は、子供番組っていい英語の教材だったりするんですね。特にリスニングという観点で言えば、難しすぎず早すぎず、かつ飽きにくいので、なかなかお薦めです。それに、学校教育では習わない、生の「口語」に触れることもできますし。(以前、英語の時間の方で紹介した"You did it!"という表現はこの番組で憶えたものだったりします)

ただ、この番組で注意が必要なのは、時おり「スペイン語」が混じっているのです(おそらくですが、アメリカ国内でのスペイン語教育を目的としたものだと思います)。リスニングの練習にこの番組を見ていて、全く聞き取れない言葉がいくつかあるので不安になって調べたら、全てスペイン語だったということもありました。でもおかげで、スペイン語で数を数えられるようになっている私(笑)。

何にしても、大人が見ていても楽しめる番組だと思います。日本でもビデオが入手できますし、スカパーで放送もされているようですので、機会があればぜひ。(って、別に私はDoraの回し者ではないんですが)

そうそう、主人公のDoraはアメリカでは大人気らしく、様々なところでDoraのキャラクターグッズを持った子供を見かけます。実はウチの子供が最初にハマった子供番組がこれで、いまだに熱心に見ています。大人の目から見ると、Doraはどちらかというと「かわいい系」ではないのですが(笑)、子供に訴えかける「何か」があるんでしょうね。

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08/30/2004

「英語モード」と「上下関係」

日本にいるときに、会社の英語研修(主催は外部の専門団体です)を受けたことがあります。この研修というのが、月曜日の朝から金曜日の夕方まで研修所に泊り込み、一日中英語の授業(と言っても、会話を重視した比較的カジュアルなものでした)を受けるのですが、食事中でも休憩中でも、また日本人同士であっても英語で話さなくてはいけないのです。日本語に触れるのを禁止され、会社へ緊急連絡が必要な場合も英語で行えというほど徹底したものでした。

私自身、「聞くこと」が最大の課題だと思っていたため、そこを中心に勉強しようと思っていたのですが、先生は非常に分かりやすい英語を話してくれる(英語のネイティブスピーカーですが、日本で長く生活していることもあり、日本人に通じる英語のコツを無意識に知っていたのでしょう)ためか、聞き取りにさほど苦労しませんでした。日本人同士で英語で話していても、「聞く」練習にはなりませんしね。

金曜日の研修が終わり、「そういう意味では目標に達することができなかったかな」と思いながら帰りの電車に乗ったのですが、そこで今までに感じたことがないような違和感を覚えてしまいました。一言で言うと、「周りの人が喋っている言葉が英語に聞こえてくる」のです(当然、みんな日本語を喋っています)。英語のように聞こえるけど意味が分からない(日本語だから当たり前)、電車に乗っている間、その違和感にずっと苦しめられました。たった5日間だったのですが、英語を聞き続け、そして「英語で考える」という習慣をつけたため、頭がすっかり「英語モード」になっていたんだと思います。

そんなこんなで延べ3週間の研修が終わったのですが、クラスのみんなと軽く打ち上げに行った時に新たな違和感を感じてしまいました。そこで初めて日本語で会話を交わしたのですが、今までは英語で普通に話していたのに、とつぜん敬語で話すみんなを見ているのがすごく不思議だったのです。そしてその時思ったのは、「『なんでこういうカジュアルな場なのにみんな敬語を使うの?』と思う外人さんの気持ちが分かるなあ」ということでした。明確な敬語のない「英語」のモードになっている私の頭には、こういう場で敬語を使うという行為が一瞬馴染まなかったのです。

アメリカには、年齢などによる上下関係がないと言われます。そして実際、学生さんが大学の先生に接する態度がすごくカジュアルで驚くことがよくあります(先生の側も全く気にしていないようです)。そしてこの根底には、そういう概念を教えられず育てられているという「文化」的な問題はもちろんあるのですが、「明確な敬語がない」という英語の持つ言語的な特徴が与える影響も結構大きいのかな、と体験的に思っています。言語が人間に与える影響って、ホント大きいんですよね。

そうそう、ちなみにこの研修の前後でTOEICの点数が160点アップしました(うち70%強がリスニングセクション)。特に文法や語彙といった特別な対策をすることなく、です。この結果には本当にビックリしたし嬉しかったのですが、確かに今思い出しても、この時期は英語が非常に素直に頭に入ってきた気がしますね。

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08/29/2004

アメリカ生活と「日本人の『心』」

アメリカに来ていろんな人たちと知り合ったのですが、中でも「日本人と外国人との間に生まれた」、いわゆるハーフと数多く話をする機会を得ました(子供から大人まで)。彼ら、彼女らは、育った環境によって見事なまでに「日本語を話せる」人と「日本語を話せない」人に分かれます(アメリカで出会っているので、「日本語しか話せない」人と会ったことはまだありません)。

この9月から、2人のハーフの子供がウチの子と同じクラスになります。この2人は、生まれてからずっとアメリカで生活しているのですが、どちらの子供も「日本語もきちんと使えるように」という親の方針によって、日本語はペラペラです(そしてもちろん英語もペラペラ)。おかげで、ウチの子が英語が分からず幼稚園のクラスで困っていたときはずいぶん助けてくれていたようです(ありがとう!)。

その子達の親(日本人の方ですね)と話していると、やはり子供とは徹底的に日本語で話すようにしているし、テレビやビデオ等も日本のものを意識的に見せているとおっしゃっていました。そうしないと、一気に英語の方が強くなってしまい、日本語を忘れてしまうそうなのです。実は、今いる研究室にも日本人と外国人とのハーフの女性がいるのですが、彼女はずっとアメリカで育ち、日本語を使う機会をほとんど持たなかったため、全くと言っていいほど日本語を話せないし、理解できません。

そして、この「日本語を話せるハーフの子供たち」と、「日本語を話せないハーフの女性」を見ていると、大きく違う点があります。それは、自分から見たときの「距離感」です。そういう事だけで判断するのはよくないと思うのですが、どうしても「日本語を話せる」方が親近感が湧いてしまうのです。

当初は、その感情は「日本語を話せるかどうか」という表面的なことが主因なのかなと思っていましたが、それよりもっと大きい理由があることにだんだん気付いてきました。それは、ものの考え方や話し方、態度などといったものが「日本人的かそうでないか」、です(もちろん、年齢も全然違うので単純な比較は難しいのですが)。

「日本語を話せる」ハーフは、やはり日本人の方の親とそれだけ長い時間接触し、話をしている訳で、その過程で「日本人的な態度・姿勢」を自然と身に着けています。日本の本やテレビ番組を見たことがあるため、「日本の文化」もある程度知っています。これに対し、「日本語を話せない」ハーフは、そういう過程をたどっていないため、完全に「アメリカの文化」を持っているのです。

もちろん、「日本語を話せる」方がいいとか、「日本の文化」を知っているほうがいい、などといったことを言いたい訳では決してありません(「アメリカの文化」だって同様に大切なものだと思います)。私が驚いたのは、言葉を覚えていく過程で「態度・姿勢」や「文化」も同時に学んでいくんだなあ、という事実なのです。

日本で暮らしたことがなく、家から一歩外に出れば「アメリカの文化」が広がっている。そんな環境下でも、「日本人の『心』」を持った人間は育つんだなあ、という事実は、生粋の日本人の私から見たらちょっと感動的なものです。そして同時に、「子供たちはそれだけ多くのことを親から学んでいくんだなあ」という事実に、親として襟を正される思いがするのです。

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08/28/2004

「アジアンな日」そして「マクド論争(笑)」

いやあ、本当に大学内は人だらけです。活気があるのはすごくいいんですけど、昼食に困るようになった(どこに行っても人だらけ)のがちょっとつらい(笑)。まあそんなわがままな話は置いといて、今まで以上に感じるのは「東洋人(中国、韓国、もちろん日本も)が妙に多いなあ」ということです。特に中国、韓国の人が多いんですね。えっ?何で分かるかって?まあ、漏れ聞こえてくる会話を聞いていると分かりますよね(笑)。

あと、一目見ると「日本人か、日本人じゃないか(中国、韓国人か)」も何となく分かります。さすがに同人種は「皮膚感覚」で分かるといいますか(着ている洋服のセンスでも判断できる場合も多い)。ただ、「この人は日本人だ」という判断は高打率で当たるんですけど、「この人は日本人じゃない」という判断は結構外れたりします。それだけ日本の人も国際化されたってことなんでしょうか(単に私の目が節穴という意見もある)。

んで、今日は先週に引き続きJCT(Japanese Conversation Table)に参加してきましたが、学期が始まったばかりということもあってか、ものすごい数の参加者でした(30人ちょっと?)。今回は、非ネイティブな人も多かったのですが、同様に多かったのが交換留学で来ている日本人の学生さんです。日本人の人脈というと子供のつながりしかなかった私にとって、この数はちょっと驚きでした。

今日は、台湾の女性と一番話をしたのですが、その話題は「ジャニーズ系アイドル」「日本のドラマ」が中心でした。これらが台湾で人気があるってのは知ってたんですが、予想したより凄そうですね。まあもちろん、話をしたのが日本語を話せるような「日本に興味がある人」ですので、日本に好意的な意見が出るのは当然かもしれませんが・・・

そして、JCTの後に恒例のごとく食事に行ったのですが、そこで盛り上がった話(私のいたテーブルは全員日本人でした)。マクドナルドのことを関東では「マック」と略すのに対し、関西では「マクド」と略すという話になって、とある「マック」派の人が言ったセリフが私のツボをつきまくりました

 だって、商品名は「ビッグマック」とか「マック」って省略されてるでしょ。

 関西では、「ビッグマクド」とか「マクドシェーク」とか言うの?

初めて聞いた理論だったのですが、みんな妙に納得してしまいました。その場の結論は、「誰かが日本で実験して(こう言って注文したら店員さんはどう対応するか)、みんなに結果を報告する」だったのですが(笑)、実際に店員さんはどういう反応をするんでしょうね。もちろん、関東と関西とで違いそうな気はしますが。

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08/27/2004

「知的刺激」そして「飲み会」

今日は友人宅で夕食をごちそうになりました。

 ビールも飲んで上機嫌!ヽ(゚∀゚)ノ

ということで、支離滅裂なところがあったら何卒ご容赦下さい(笑)。

大学の方は昨日から授業が始まっています。私は特定の授業は受けていない(渡米直後はお世話になっている先生の授業に出ていました)のですが、週に何回かある「セミナー」の授業だけはできるだけ出席しています。いろんな分野の研究者が最先端の話をしてくれるのですが、それをタダで聞けるということで、出ないともったいないのですね。んで、今学期最初のセミナーが今日だったということで、張り切って出席してきました。

今回の講演内容は、いろいろと複雑な形状のセラミックス材料を、押し出し成形(extrusion)やフォトリソ(photolithography:塗布したレジストにマスクを通して光を当てパターニングする技術、って、何のこっちゃ分かりにくいですね(笑))を用いて作成し、いろんな機能を持たせるといったものでした。久しぶりに英語を長時間ぶっ続けで聞いたのでちょっと疲れましたが、内容自体は大変興味深いものでした。自分の専門分野と多少違う分野の話を聞く機会ってなかなかないですし、こういう知的刺激がポロッと新しい研究のアイデアになったりするので、今後も時間を作って出席したいなと思います。はい。

酔っ払っている自分を眺めつつ(笑)ふと思ったこと。
私の周りだけなのかもしれませんが、アメリカってホント「飲み会」をしないですね。私が渡米した時もいわゆる「歓迎会」はありませんでしたし、ある学生さんが途中で別の大学に移ったのですが、この時も「歓送会」なんてやりませんでしたし(気付いたらその学生さんはいなくなっていました)。ということで、今日本に帰ったら、飲み会の多さにビックリするかもしれません。まあ、楽しい飲み会ならいいですけど、会社にいるといろんなしがらみが・・・ムニャムニャ。

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08/26/2004

「BAGELMEN'S」の謎(笑)

アメリカはいよいよ新学期本番を迎えました(変な日本語!)。朝大学に向かっていると、ここ数ヶ月はヒッソリと静まり返っていた小学校に子供たちがあふれていましたし、大学のキャンパスもビックリするほど学生さんがいました(おかげで、ファーストフードなのに昼食を買うのに10分以上かかってしまいました)。こんな時期に節目を感じるってのも初めての経験なのですが、何にしても爽やかな気分にはなりますよね。うんうん。

「人があふれている」で思い出したのですが、こちらのファミレスっていつ行ってもお客さんが多いですね。アメリカ人は外食が好きだという話は聞いたことがあるのですが、にしても時間を問わず人が多いってのはどういうことなんでしょう。これってこの街だけの現象なのでしょうか・・・

そうそう、たまに行く「BAGELMEN'S」というベーグルサンドの店があるのですが、なぜかいつ行っても店員さんが新入りで不慣れなんです。コーヒー付きのセットを頼んだのにコーヒーを渡すのを忘れたり、BLT(ベーコン・レタス・トマト)サンドを頼んだのに、

 「トマトとかレタスは入れますか?」ヽ(゚∀゚)

って思いっきり聞かれたり(笑)。

そして極めつけは、毎回同じ値段のランチセットを頼んでいるのですが、毎回請求される金額が違うんですね。しかし不思議なことに、一度たりとも高く請求されたことがないので(一番ひどい時は、2つ頼んだのに1個分の値段だった)、結構気に入って通っている私なのでした・・・というのは半分はウソで、味とか雰囲気とかが好きなのですね。ちなみに、店員さんの愛想はなかなかいいです(笑)。

この店のメニューでもう一つ気に入っているのは「スムージー(Smoothie)」です。凍らせたフルーツやフルーツジュースを何種類か混ぜてミキサーで砕いた、アメリカではポピュラーなドロッとした飲み物ですね。フルーツの組み合わせによって数多くの種類があるので、この夏はいろいろと試してみたのですが、どれもナカナカでしたね。大胆かつ大味なアメリカンデザートとは一線を画した感じで、結構お薦めだと思います。

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08/25/2004

接客・サービスに必要な「言葉」

いきなりですが、本日の格言。

 アメリカのファーストフードで愛想のいい店員に出会う確率は

 プールで落したコンタクトレンズを探し出す確率に等しい。

・・・誰の格言かって?今私が思いつきました(笑)。

 (私)  「ハンバーガー下さい」
 (店員) 「チーズは?」
 (私)  「すみません、何ですって?」(いきなりの質問の上、早口で聞き取れなかった)
 (店員) 「チ・ー・ズ!いるの?いらないの?」ヽ(`Д´#)


  何でいきなりケンカ腰なんですか??ヽ(゚∀゚)ノ

「アメリカではサービスはタダではない」という感覚が染み付きだしたのか、今では何とも思わなくなりましたが、日本の感覚が残っていた頃は本当にビックリしましたね。

そう思うと、確かに日本の接客業の礼儀正しさは特筆すべきところがあります。しかし一方、マニュアルを読み上げるだけの形式的な接客をされることも少なくありません。そういう時にどうして居心地の悪い不快感を感じるのか、気になりつつもずっとその理由が分からなかったのですが、先日読んだ「あなたの魅力を演出するちょっとしたヒント」(鴻上尚史著、講談社文庫)の中にその答えが明快に書いてありました。

本書によると、言葉とは、「第一の輪」の言葉(独り言)、「第二の輪」の言葉(ある特定の人と向き合って話す言葉)、「第三の輪」の言葉(多数の人に話す言葉)に大別されるそうです。接客とは、本来お客様に向かって「第二の輪」で話されるべき言葉なのですが、マニュアルを独り言のように読み上げる「第一の輪」の言葉で話されている場合は、そのズレを違和感として感じるそうです。同様に、テレビショッピングの違和感も、タレントさんたちが話している(「第二の輪」の言葉)形で、視聴者に訴えかける(「第三の輪」の言葉)ズレによるものと指摘してありました。

この説明を読んで、「心のこもった接客・サービス」とはどういうことか、私の中では少しスッキリと整理できた気がしました。そして同時に、行政や病院などの対応の悪さに感じる不快感も、「第二の輪」の対応でなく「第三の輪」で対応されているせいじゃないのかな、とふと思ったりもしたのでした。

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08/24/2004

「女子サッカー」と「先入観」、そして「三匹のクマさん」

今日は、朝から頭痛持ち。学校に行って最低限のことはこなしたのですが、それ以上の気力がなく午後は自宅で静養。おかげで今はすっかり回復しました。

午後、家で横になりながらTVを見ていたら、オリンピックの女子サッカーの試合(録画ですね)が放送されていました。まだちょっと頭痛が残っていたこともあって、最初の頃はボンヤリしながら見ていただけだったのですが、予想以上にスピード感のある試合運びに魅了され、途中から見入ってしまいました

特に知っている選手がいる訳でもなく、どちらが強そうかという下馬評も知らない。そんな「無」の状態でスポーツを見るというのも久しぶりだった(ひょっとしたら初めて?)のですが、サッカーという「スポーツ」の、そしてそれぞれのプレーの面白さを純粋に体感することが出来ました。

先入観があることで人間は多くのことを見落としているのかもしれないなあ、と何となく思った午後だったのでした。しみじみ。

そうそう、先日、用事があった奥さんの代わりに子供を幼稚園まで迎えに行った時の話。そこの先生は、子供が今日一日どんな様子だったかを話してくれるのですが、その日のコメントは、

 「今日は三匹のクマの話をしたんだけど、

  お宅の息子さんが・・・オホホホホホ」


 ウチの息子がどんな面白いことをしたんだー!(`Д´)ノ

結局その場では話の流れが変わって詳細を聞けずじまい。とっても気になったので、家に帰って息子に聞いてみたところ、

 「クマさん楽しかった。」 ヽ(*´∀`*)ノ

要領を得ないマイペースな答えのみ。
ということで、未だその謎は解けません。何をしたんだ、我が息子!

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08/23/2004

「大人になる」こと、「成熟する」こと

今日、キャンパス付近の中華料理店で昼食を食べた(麻婆茄子、あまりにも美味すぎ!)のですが、ここしばらくの様子からは考えられないほどたくさんの人が道を歩いていました。ああ、もう新学期が始まってしまうのですね。研究留学だとそういう季節の節目を感じることが少ないのですが、こういう光景を見ると何かこっちまで新たな気分になってしまいますね。よきことかな。

今日の昼、テレビのチャンネルをカチャカチャと変えていたら(ザッピング、って言うんですか?)オリンピックの女子マラソンが放送されていたので、最後の数kmだけ見ておりました。ということで、野口選手、金メダルおめでとうございます。追われながら走るのは精神的にとってもつらいことだと思うのですが(というか、42.195km走るだけで拍手モノだと私は思う)、その状況下でひたすら自分の走りを続ける姿は素晴らしいものでありました。拍手。

そんな光景を見ながら、ふと考えたこと。
世界には、「仮想敵国」を持つことで「愛国心」を高めている国が少なからずあると思います。また、ネットの掲示板などでは、批判・反論・否定を貫くことをスタンスに発言する人も多いです。これら両者に共通するのは、「対決という構図を作り出すことで自分の存在感を浮き立たせる」こと、つまりは(先日の日記にも書きましたが)「相手を貶めること」だと思っています。そして、こういう姿勢を見たときに言いようのない嫌悪感を感じてしまうのは、その「幼稚さ」ゆえではないかと思います。

基本的には、「絶対的」な評価より「相対的」な評価の方が、明確なものさしがある分非常に簡単です。しかし、それを乗り越えて「絶対的」な感覚を持つこと、これが人間として「大人になる」ことであり、国家として「成熟する」ことではないのかな、と私は思うのです。

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08/22/2004

留学における「ネット」の価値

留学に来てつくづくありがたいなと思うのは、ネットというものの存在です。

その一つの理由には、「日本とのつながりが維持できる」ことがあります。いろんな新聞のサイトに行けば日本のニュースはすぐ手に入りますし、メールを通じて日本の家族や友人とも簡単に連絡が取れます。さらに、会社のネットに入っていろんな情報を入手することも可能なのです。10年ほど前だったら、1年も外国にいれば完全な浦島太郎状態に陥ったんだと思うのですが、今の時代は逆に日本のことに詳しくなっていたりします(離れているだけに気になるのですね)。

別の理由としては、「外人とのコミュニケーションが取りやすい」ことが挙げられます。留学が決まると、大学の事務といろんなやり取りをする必要があるのですが、時差の関係もあって電話ではなかなか難しいですし(電話で会話を成立させるのも語学力のない私にはかなりの難題です)、郵送だと時間がかかりすぎます。e-mail環境が整った現在では、昔に比べてかなり容易にやり取りが出来るようになったんだろうなと思います。(ただし、アメリカの事務手続きのいい加減さはまた別問題!)

昔アメリカに留学に行った会社の先輩に聞いたのですが、「当時はFAXを使ってのやり取りが多かったけど、たまに『そんなFAXは受け取っていない』とか言われて、手続きが滞って大変だった」そうです。FAXだと相手が受け取ったという確証もないですし、印刷物なので他の書類にすぐ埋もれてしまうんでしょうね。

こちらに来てからも、メールがあればいろんな人と確実に連絡が取れます(大学だと、実験室を移動したりしてその人がどこにいるか分からないことが多いのです)し、初めての人に連絡を取るのも比較的ハードルが低くて助かっています。

そしてもう一つの理由は、「非常にローカルな情報が比較的容易に手に入る」ことも挙げられると思います。普通に手に入る本・雑誌などでは、観光地の情報は入手できても、こういう小さな街の生活情報はまず手に入りません。しかしネットの中には、いろんな人が発信した貴重な情報が数多く隠れています。実際私も、その情報に助けられたことが何度もあります。

私がこうやって駄文を発信しているのも、「留学という、なかなかない貴重な体験をさせてもらっているので、得られたものを私なりに発信して、どなたかの役に立てればこれ幸い」という考えに基づいています。この日記をはじめとして、今後も更新を続けていきたいなと思っていますので、引き続き遊びに来て頂けますとこれ幸いです(笑)。

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08/21/2004

「会話」が伝える「文化」

今日夕方、初めてJapanese Conversation Table(JCT)という会に参加してきました。日本語に興味を持つ人々が、毎週金曜日の夕方にカフェに集まって会話を楽しむ(日本語の勉強をする)会なのですが、日本人も何人か参加しているのです。これまで1年近く参加してこなかったのは、金曜日はいろいろと予定が入っていることが多いのもあるのですが、何となく一人で参加するのに腰が引けていたのです(人見知りの子供か!)。しかし、いろいろと思うところもあって、今回やっと足を運んだ訳です。

その動機としては、私自身が英語で苦労しまくっているので、日本語の勉強をしている人の何らかの助けになればというのもありますが、個人的な興味として「なぜ日本語に興味を持ったのか」「日本をどう思っているのか」を知りたかったというのも大きな理由です。自分自身、日本を離れてみていろいろと見えてきた日本のいいところ、悪いところがありますので、同様に日本人以外から見た日本像というのを聞いてみたかったのです。

そんなこんなで会場のカフェに行ってみたのですが、今回は多くの日本人が参加していた(ちょうど新学期に向けて交換留学で来た人とかが多かった)のと日本人以外の参加者が偶然少なかった(いつもはもっと多いらしい)のとあって、単なる日本人交流会のような感じでもありましたが、何人かの日本人以外の方とお話できました。たどたどしいながらも必死で日本語を話す姿を見ていると、たどたどしい英語を話している自分の姿と重ね合わせて、「ああ、頑張ってね」と何とも応援したい気持ちになりますね。

結局今日は、日本語への興味の理由など、込み入ったところまで話が及ぶことなく終わってしまいましたが、なかなか面白い会でしたので、次回以降も時間が許す限り参加して、いろんな人と話をしてみたいですね。同時に、このようなConversation Tableの英語版も当然あるようですので、そちらの情報も調べて顔を出してみたいなと思います。

そうそう、中学・高校時代に日本に住んでいたというアメリカ人の話(日本語は大変お上手です)。当然というか英語はペラペラな訳ですが、アメリカの中学・高校教育を受けていないので、たまに周りのアメリカ人と文化的背景が一致せず会話がかみ合わないことがあるそうです。

卑近な例。JCT終了後に何人かの日本人の方と食事に行ったのですが、そこではなぜか「秋葉原」「オタク」「インターネット」の話題で盛り上がりました。みんな工学系の人ということで普通に会話してましたが、冷静になると、この辺りの文化的背景を知らないと、どんなに日本語がペラペラでもこの会話には付いていけませんもんね(笑)。

「会話」というものは、「言語の意味」だけでなく、「文化」も伝えるものなのですね。ううむ、奥が深い。

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08/20/2004

メダルと「敵を貶める姿勢」

オリンピック、日本選手が大活躍しているようですね。素晴らしいことです。拍手。
そんなことを思いながら自分の日記を読み返していたら、先日の日記にちょっと誤解を招きそうなところがあったので、今日はその補足をさせて頂きます。

先日の日記で、『私は、「日本のメダル獲得数がどうか」という小学生の点取りゲームのようなことには基本的に興味がありません(もちろん、国に関係なく素晴らしい選手や素晴らしいプレイには惜しみない拍手を送りたいと思っています)。』ということを書きました。ただこれは、素直に日本選手を応援する日本の人々を否定したいものではありません。私が問題だと思っているのは、日本選手への応援の度が過ぎて、「日本選手以外(敵)を貶める姿勢」を持つことなのです。

先日のサッカーアジアカップでは、中国サポーターの数々の行動が問題となりました。この行為にいやらしさを感じた人は多いと思うのですが、その原因は歴史認識の違いとかそういうことより、敵を貶めることで自分たちを優位に立たせようとした姿勢だと私は思っています。

アメリカに来て驚いたのは、何かトラブルがあった場合に「謝らない」で「言い訳をする」人が非常に多いことです。明らかに自分のミスだった場合でも、何らかの言い訳をして(しかも他人を理由にすることも少なくない)正当化しようとします。このように、「周りを貶めて自己を正当化する」人を見るたび、私は何だか居心地の悪さを感じてしまいます。

メダル候補と言われた選手が、惜しくもメダルを取れなかった。本人や監督、コーチなどは当然悔しいと思うことでしょう。しかし、それをテレビで見ながら、「何だよ、メダル取れなかったのかよ」と、選手を貶めて自分は高いところから意見を言うような行為(これは日本のマスコミに少なからず見られます)も同様に醜いことだと私は思っています。だからこそ私は、獲得メダルの枚数とか種類とかにこだわりたくないのです。

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08/19/2004

アメリカの「日本料理」

えとですね。昨日夕方、ちょっと時間があったので、エイッとゴルフに行ってしまいました。大学が持っているコースをハーフだけ回ってきた(思いのほか空いていて、1時間半弱で回れた)のですが、

 その筋肉痛が今頃やってきています。ヽ(゚∀゚)ノ

あまりにも分かりやすい自分の情けなさに乾杯
ちなみに、情けないスコアにも乾杯・・・(TДT)

さて、今日は食事の話など。

今住んでいる街には、日本料理の店が3件ほどあるのですが、ほとんど行ったことがありません。それは、どうしても採点が辛くなってしまうからです。以前、ある韓国の方に、「とある日本料理店のうどんは美味しかった」と聞いて試したことがあるのですが、出てきたのは「本物のうどんを食べたことがない人が、レシピだけを参考に手探りで作ったもの」といった感じのものだったのです(実際その店の厨房にいるのは日本人ではありませんでした)。こういう料理だよと思って食べるとそんなにひどい代物ではなかったと思うのですが、期待していた分ちょっとガッカリしてしまった訳です。これと逆の話もあって、私が比較的好んで行く韓国料理店があるのですが、ある韓国の人に言わせると「あの店の料理はアメリカンコレアンで、本場の味ではないのでほとんど行かない」とのことでした。

んで、個人的に疑問に思うのは、「なぜ日本料理というと寿司になってしまうのか」ですね(日本料理の看板を掲げていて、該当メニューは寿司しかないというのはこちらではよくある話です)。ウチの奥さんは、「寿司は握れない」と言ったら外人さんにたいそう驚かれたそうです。それだけ「日本と言えば寿司!」というイメージは完全に定着しているのでしょうね。

確かに寿司は美味しいんですが、例えばラーメンとかトンカツとかカレーとか、寿司同様に外人にも愛される料理はあると私は思うのです(しかし冷静になると、どれも基本は外国の料理で、日本流にアレンジされたものばかりですね)。まあしかし、寿司は素材がしっかりしていればそれなりに食べられる(日本の回転寿司なんてある意味そうですよね)と思うのですが、こういう複雑な料理だと、やっぱり作る人が本場の味を知っているかどうかが問題になる訳で、要は作れる人がいない、ってことなのでしょうか。

ちなみに、今現在一番食べたいのは「美味しいパスタ」です。アメリカのパスタはどれもこれもフニャフニャだし(アルデンテという言葉は全く通用しない)、ソースの味はキツイしで、食指が動かないのです。・・・って、これまた基本は日本料理じゃないですね。(´▽`;)ノ

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08/18/2004

「英語の感覚」を学ぶこと

さてさて、本日もまた英語の話です(笑)。
渡米して間もなく1年ということで、少しずつ英語の方も上達しているといいなと思う今日この頃なのですが、いまだにどうしても一瞬考えてしまうことがあります。それは単数、複数の問題です。もちろん、one pencil、two pencilsといった普通名詞もよく間違うので注意が必要なのですが、それ以上に気をつけなくてはいけないのがI、Weといった人称代名詞です。

例えば、家族でパーティーに招待され、そのお礼を言うとき、日本語では「お招きいただきありがとうございます」と人称代名詞を使いません。なもので、ついつい日本人は(おそらく私だけではないと思う)、"Thank you for inviting me"と言ってしまいそうになります。しかし英語では、"Thank you for inviting us"と「家族全員」という意味での"us"を使うのが一般的なのです(下手したら、「何で家族で来てるのに"me"なんだ?」と相手に変な印象も与えかねないと思います)。
 
先日、スーパーで買い物をしていた時、白人の一家が私の前を横切っていきました。その時、お母さんと思しき人が言ったセリフは、"Excuse us"だったのです。 "Excuse me"という表現をひとかたまりで覚えこんでいる日本人にはなかなか出てこない表現で、そういう鋭い単数・複数感覚にちょっと感動を覚えたりしたのでした。

学校の英語の授業というと、単語とか文法の暗記が中心だと思います。しかし、こういう「英語の感覚」を身につけることもすごく大切だと思います。「語学を学ぶことは、その文化を学ぶことだ」と言ってしまうと大げさに聞こえるかもしれませんが、決して言い過ぎではないと思うのです。

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08/17/2004

アメリカの「ナンバープレート」

アメリカに来て、「これってちょっといいな」と思ったこと。それは、車のナンバープレートです。
※ちなみに、ナンバープレートは和製英語です。英語では"license plate"と言わないと通じません。・・・って、本当は英語の時間の方に書こうと思っていたネタだったのですが・・・ええい、書いちゃえ!

日本のナンバープレートは、真っ白い背景の上に数字などが並んでいるだけですが、こちらのナンバープレートはキチンとデザインされていて、その州の特徴を前面に出した背景となっているものが多く見られます(しかも、各州とも何種類ものプレートデザインを持っているのです!)。例えば、フロリダ州だと真ん中にオレンジがデザインされているものをよく見かけますし、今住んでいるイリノイ州だと、同州の議員を経て第16代大統領になったエイブラハム・リンカーン(Abraham Lincoln)の肖像画がデザインされているものが一番普及しています。日本だと、「品川」「練馬」など、文字情報しかないのでちょっとつまらないのですが、こちらではいろんな州のナンバープレートを見るのも結構楽しみなのですね。

また、こちらのナンバープレートはアルファベット、数字の組み合わせで好きな表記をナンバーにすることが出来ます(もちろん他の人のと重複したらダメですが)。日本でも最近好きな数字を選ぶことが出来るようになりましたが、数字だけだとどうしても無機質な感じがしますし、その数字を選んだ意味も見ただけでは分かりません。これに対し、アルファベットが使えると意味のある文章に出来るので(I LUV U等)、ナンバーに込められた自己主張がはっきり伝わってきます。「アンタ、そりゃ明らかに君の名前でしょう!」という人もいますし、中には「これは何かの暗号?」と言いたくなるような謎の文字の組み合わせの人も。でもまあ、これもまた見ていて楽しかったりします。

そして、このナンバーのもう一つのメリットとしては、「ナンバーが非常に覚えやすい」ということが挙げられます。例えば、犯罪や事故などにあった場合、車のナンバーを覚えておけばかなり有効な情報となる訳ですが、無意味な数字の羅列よりも明らかに覚えやすくなると思います。

ということで、ナンバープレートに関しては日本もアメリカ方式を見習ってもいいかな、と個人的には思います。まあ、最後の実用的なメリットを除いては単なる嗜好の問題なのですが・・・

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08/16/2004

「言葉が通じない」ことの意外な効用

さてさて、英語で苦労している話はこの日記でもよく取り上げていますが(って、昨日もその手のネタでしたね)、言葉が通じない(日本人が周りにほとんどいない)ということは実は意外な効用もあるのです。それは何か?

その一つは、「外で日本語を話しても周りの人はその内容を理解できない」ということなのです。タネ明かしをすれば当たり前なのですが、恥ずかしながら私はこちらで生活するまでこの単純な事実に気付きませんでした。

これがどういう効果を及ぼすか、卑近な例では、「子供の本能丸出しの言葉が周りの人に通じない」ことが挙げられます。例えば「おやつ食べたーい!」「お腹すいた!」とか愚図ると、日本では多少なりとも周りに対して居心地が悪くなってしまいますが、こちらではそういう心配をする必要はありません(もちろん、公共の場所でうるさくするというのはどこに行こうとマナー違反ですので、それはしっかり注意しているつもりです)。

そしてもう一つには、周りの会話(英語)はある意味BGMのように耳を素通りしていくため、「会話に集中できる」ことが挙げられます。しかも、先ほど述べたように会話の内容は周りの人からは分かりませんので、ついついリラックスしすぎて、だんだん家の中で会話をしているような気になってくるんですね(もちろん節度ある範囲で、です)。

こういう生活にすっかり慣れてしまったおかげで、先日カナディアンロッキー最大の街バンフで訪れた和食の店でさっそく「逆カルチャーショック」を感じてしまいました。カナディアンロッキーは日本人にも大人気の観光スポット、ということで、周りにいるお客さんはほとんどが日本人。久しぶりに浴びる日本語の洪水に何か違和感を感じるんです。ふと耳に入ってきた言葉は100%理解できるので妙に気になってしまうし、逆にこちらの会話も何かついつい構えてしまったり・・・

言葉が通じるってのはすごく便利なんですけど、ある意味不自由なところもあるんだなあ、と気付いた今日この頃。これもある意味留学の醍醐味、といったところなのでしょうか・・・

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08/15/2004

本日の反省文(笑)

ネタ振りが昨日と一緒で恐縮ですが・・・
2週間ほどvacationに行ってみて、ある変化が私を襲いました。一言で言うと、「英語が下手になった」のです。いや、もちろんもともと下手なんですが(笑)、それ以上にひどくなって、簡単な英語すら一瞬言葉に詰まるようになったのです。その原因ですが、vacationの間中ずっと家族と一緒に過ごし、日本語ばっかり話していたためではないかと思っています。

ただ、「英語を上達する」、「家族との時間を(今まで以上に)大切にする」という、この留学期間中の2つのテーマを比較した時には、後者の優先度が高いと私は思っているので、そういう意味では全く問題視していません。まあ、ちょっとでもいいから毎日英語の勉強はするべきだったかな、という反省はありますが・・・

実は、今年の5月頃は自分でもビックリするほどスムーズに英語が出てくるようになって(もちろん、「下手なりに」といったレベルの話です)、研究室内での成果発表なんか、原稿もなしに1時間近く話せていたのです(まあもちろん、プレゼン資料を作る段階で話す内容は整理出来ていましたし、こういう理路整然とした話は比較的やりやすいんですけど)。大学の授業に出たり、研究のためにいろんな人と話したりしていたことが確実に実を結んでいた、ということなんでしょうね、きっと。

2年間アメリカに滞在し、2ヶ月ほど前に日本に帰国された一家がいらっしゃるのですが、そこの息子さん(小2)の話。2年間の滞在ですっかり英語が上達し(うらやましい・・・)、帰国直前頃は英語の方がスムーズに喋れる、といった状態でした。しかし、日本に戻って2ヶ月ほど経った今、もうすでに英語を忘れ始めているそうなのです。

やっぱり、語学力を上達させるには、「継続は力なり」なんだなあ、と改めて身を引き締める今日この頃。
とか思いつつ、「明日から英語の勉強しようっと」と言い続けて何もせぬまま1週間経ってしまったのでした・・・

 (`Д´)ノ ダメじゃん!(笑)

明日からやります。(←と日記に書くことで自分を奮い立たせているヤツ)

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08/14/2004

日本の「禁止の文化」と「自由」・「責任」

先日この日記でもご報告しましたが、7月にvacationでアメリカ、カナダの国立公園を巡ってきました。「北米の国立公園に行くと人生観が変わるよ」と何人かの人に言われていたのですが、それは確かに事実でした。その一つは、自然の怖さというものが体の中から湧き上がって来たことです。目の前に広がる景色は本当に「美しい」のですが、同時に震えるほど「怖い」ものでもありました。

Glacier国立公園なぜ今回の旅行でその「怖さ」を感じたのか、その原因を考えると、一つには北米の国立公園の方針があるのではないかと思っています。北米の国立公園では、自然保護という観点からあまり手を加えていないところが多数見られます。例えば、普通にハイキングをする感覚で氷河の上を歩くことができるのですが、所々小さなクレバスが顔をのぞかせているのです。道を踏み外すと谷底に転落するような道路でも、路肩に転落防止の段差がなかったりします(写真はGlacier国立公園内の例)。自然を身近に感じられる分、その怖さも同時に体験できるのです。

そしてそこには、「自己責任」の原則が存在しています。「行動の自由」が抑制されていないかわりに、何らかの事故がおきたときの「責任」は自分で取らなくてはいけません(at your own risk)。

このような光景は日本では考えられないな、と思いその理由を考えていたのですが、日本の「禁止の文化」がその一因としてあるのではないかとふと思い当たったのです。例えば、日本の学校には数多くの校則があります。そしてそのほとんどは、「~をしてはいけない」という禁止事項の提示だけであり、多くの場合、その禁止事項に対する「理由」は明確に提示してありません。子供が電車の中などの公共の場所で騒いだ時、親は「うるさいから静かにしなさい」と禁止事項だけを伝えて、「なぜ静かにしなくてはいけないか」という理由を伝えない人も少なくないと思います。

「禁止の文化」は、「行動の自由」を奪うかわりに、「責任」の回避を我々に与えます。だからこそ日本では、「自由」と「責任」という、本来一対で存在するものの関係性を希薄にしているような気がしてなりません。

以前も参照したので恐縮ですが、"liberty"、"freedom"と、「自由」を意味する2つの英単語の根本的な違いを説明した、このような文があります。

リバティーは市民の権利だ。だが、フリーダムという言葉は、そういう社会的な実際的な自由を指さない。それは、全く個人的態度を指す。
フリーダムが外部から与えられるというようなことはない。与えられたリバティーというものを、いかに努力して生かすかは、各人のフリーダムに属する。

  (小林秀雄著 「常識について」より)

"liberty"とは、束縛からの解放、すなわち「行動の自由」を指し示しているのに対し、"freedom"とは自分自身がいい・正しいことだと思い主張・行動する「精神の自由」という側面をかなり強く持っていると考えられます。そしてこの「精神の自由」には、「自分の判断に責任を取る覚悟」が必要ではないかと思います。

最近の日本では、人々が「自由」に自分の主張をする場面も増えてきています。しかし私は、そういう場面で違和感を感じることが少なくありません。それは、「自由」だけが一人歩きし、それに伴うはずの「責任」が置いてきぼりになっているためではないかと私は思うのです。

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08/13/2004

「コインパーキング」と1セント

日本では連日暑い日が続いているようですが、こちらはここ最近涼しい日が続いています
と言うか、

 8月に長袖を着るなんて思いませんでした。ヽ(゚∀゚)

今日の最高気温はなんと16℃。こちらに長く住んでいる人に聞くと、今年は例年にない冷夏とのことですが、このまま夏が終わってしまうのでしょうか・・・

本日、DS-2019の更新手続きを行いました。ということは、渡米して間もなく1年になる訳ですね。振り返ってみると、いろんなトラブルもありつつですが、基本的には非常に楽しい留学生活1年目でした。今後もますます充実した生活を送りたいものです。

今さら言うことでもありませんが、アメリカは車社会です。なので、郊外型のショッピングセンターなんかは当然「だだっ広い」駐車場が完備されています(大型のショッピングモールだと、車でないと回れないくらい広かったりしますし)。しかし、今住んでいるChampaign-Urbanaのいわゆるダウンタウンや大学の周りなんかだと駐車場はタダという訳にはいかず、パーキングメーターの付いた駐車場に停めることになります(我々は職員用の駐車場を使えるので、大学への通学はそこを利用しています。ただ、年間4万円くらいするんですよね)。

日本だとパーキングメーターは有名無実化していることもあったりする訳ですが、こちらでは駐車違反の取締りが厳しいらしく、皆さんキッチリとお金を入れて利用しています。駐車料金も、25セント(クオーター)、つまり30円弱で20分~60分停められますので、日本の感覚からすると圧倒的に安いものです(逆に、アメリカの田舎で駐車料金が取られるのか、と驚く方もいらっしゃるかもしれませんが)。

本日郵便局に行く用事があったのですが、普段利用している大学の近くのところではなく、車でしか行けないところに行ってみました(単に気分転換です)。すると、そこの駐車場のパーキングメーターはなんと、1セント(ペニー)、つまり約1円で12分停められるようになっていました(逆に、12分以上は停められない)。有料化して駐車スペースの秩序を守りつつ、かつ公共性の高さを意識した料金設定、という結果だと思うのですが、あまりの安さについつい笑ってしまいました。でもまあ、日本だと1円玉は自動販売機でも使えない、タダの端数でしかありませんが、こちらではきちんと役目を果たしている訳で(自動販売機でも普通に使えます)、そういう意味では健全かな、と思ってみたりもします。

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08/12/2004

「楽しむ」ことは「不真面目」か?

ふと気付いたら、もうすぐアテネオリンピックが始まってしまうのですね。もうシドニーから4年も経つのか、と思うと本当にシミジミしてしまいます。年をとってしまったものです・・・

シドニーオリンピックというと、個人的に非常に印象に残っている事件があります。競泳の千葉すず選手の代表落選騒動です。この騒動により、選考基準の明確化等、いろいろな問題が浮き彫りになったわけですが、私的にはそれ以上に、そこに至るまでのやりとりで大変気になったことがあるのです(騒動の全てを知っているわけではないので、多少誤解を含んでいるかもしれませんが)。シドニーの前のアトランタ大会に向けて、千葉選手は「楽しんできます」と発言し、これを受け日本水連が「(このようなメダルに固執しないと取れる姿勢は)他の人の戦う姿勢の足並みを乱す(選手の士気が低下する)」と不快感を示した点です。

個人的な意見ですが、千葉選手の発言は(詳細は後で述べますが)基本的に大賛成です。しかしそれは、多くのメダルを取らなくてはいけないというプレッシャーがある日本水連の立場を無下に否定したい訳ではありません。このやりとりで一番問題なのは、「楽しんできます」=「真剣でない、不真面目」という方程式が当たり前のように受け止められた点だと思うのです。

基本的に、「楽しむ」「遊ぶ」という行動に相応しいpositiveな感情を持つためには、真剣な、集中した状態が必要だと思うのです。きっと千葉選手は直感的に(あるいは理論的に)このことをふまえて発言していると思うのです(だって、スポーツ選手がノコノコ負けに行くってことはないと思いますから)。そして、このような意味で「楽しむ」ことこそ、いい結果をもたらす第一歩だと私は思っています。
 
私は、「日本のメダル獲得数がどうか」という小学生の点取りゲームのようなことには基本的に興味がありません(もちろん、国に関係なく素晴らしい選手や素晴らしいプレイには惜しみない拍手を送りたいと思っています)。それは、本人がメダル獲得へ執念を燃やすことは「集中」を生むかもしれませんが、他人(他の日本国民)がメダルに固執しだすと、「選手へのプレッシャー」しか生み出さないと思っているからです。言い換えれば、千葉選手の「楽しんできます」発言は、このような「他人(他の日本国民)のメダルへの固執」に対する抵抗であり、警鐘だったと私は思うのです。

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08/11/2004

WAL★MARTの秘密とは

観光では味わえない、アメリカで生活をする醍醐味として、巨大スーパーをブラブラすることが挙げられると思います(少なくとも私はそう)。特に渡米直後は、どんなものが売ってあるかも分からないし、中には現物を見ても何に使うのか分からないものもゴロゴロしています(単に語学力不足と言わないで・・・)。そんなものを見ながらとにかく巨大な店内をウロウロしていると、あっという間に数時間経っていることも珍しくありません。そしてこれはこれで結構楽しいのですね。

アメリカには、全米展開しているこの手の巨大スーパーが多数あります。K-mart(ただ、事実上倒産してしまったようです)やTargetなどがその一例ですが、中でも一番有名なのはWAL★MARTです。世界の小売業No.1の地位を築いており、西友への資本参加・提携という形で日本へ進出したのも記憶に新しいところだと思います。

その経営・営業方針には賛否両論あるようですが、一消費者として見ると、品揃えの豊富さや店内の雰囲気、そしてなによりその価格は大きな魅力です。その戦略としては、競合店がある商品を安売りすると、その価格を全米的に定価にしてしまうEDLP(Every Day Low Price)が有名かと思います。

そんなWAL★MARTですが、その広告チラシには大きな特徴があります。以下にその一例を。

WAL★MARTのチラシ一例

ザクッと見ると、単なるアウトドア用品の広告に見えますが、
右側に小さく書いてある文字にお気付きでしょうか・・・

 "Royal, Assistant Manager, and family"

・・・

 社員が広告モデルなんかい!(#゚Д゚)ノ

そうです。チラシの中に出てくるモデルは全て社員、もしくはその関係者なのです。
WAL★MARTの安さの秘密はこんなところにもあったのです!

 しかし、ちとセコい・・・

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08/10/2004

精神的な「バリアフリー」

アメリカに住んでみてとにかく驚いたのが、障害者への対応がキチンとなされているという点です。設備的に見るとバリアフリーが徹底していて、スロープやエレベーターなどがあらゆる所でキッチリと整備してあります(聞いた話なのですが、アメリカでここまでバリアフリーが徹底しているのは、ベトナム戦争による数十万という負傷兵、特に地雷などで足に障害を持ってしまった人たちに対する配慮から始まったとのことです)。バスなどにはリフトがキチンと整備されていて、かつ空気圧(だと思います)で入口の高さを低くするのも簡単に出来るようになっています。

スーパーやショッピングモールなどに行くと、入口に一番近いところに十分な広さの障害者用駐車スペースが設置してあります。しかも、一般の人がそのスペースに駐車しているという光景を未だかつて見たことがありません(障害者用の車には何らかの表示があるのですぐに分かるのです)。もちろんそれに違反した場合には罰金という制約はあるのですが、表示だけがあって実質有名無実化している日本の障害者用駐車スペースとは比較になりません。

さらにアメリカでは、移動を手伝ったり、ドアを押さえたり、席を譲ったり、と至るところで障害者への気配りが見られます(そしてこれは、高齢者や子供連れに対しても同じです)。日本だと見て見ぬ振りをする人が少なからずいますが、こちらでは多くの人が普通に譲り合いの精神を見せています。

そんな中、何より驚き、そして感心したのは、お手伝いをする側にも、そしてそれを受ける障害者の側にも、精神的に優劣を感じている様子がほとんど見られない点です。この人は自分より劣っているから助けて「あげる」んだ、といった優越感も、自分は人に迷惑をかけてしか生きられない「劣った」人間なんだ、という劣等感も、少なくとも表面上はほとんど感じられません。1対1の人間同士として自然に助け合っているのは、本当に感動的な姿だと思います。

アメリカでは、街中で障害者を見かける確率が日本に比べて圧倒的に高いです。障害者の割合が両国でどう違うかが正確に分からないので何ですが、この原因は、設備的な問題だけでなく、このような精神的な問題もかなり大きいような気がしてなりません。「バリアフリー」と呼ばれる言葉は一般にだいぶ普及した感がある日本ですが、実はこの精神的な「バリアフリー」を浸透させる方がもっともっと重要なのではないかな、と私は思うのです。

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08/09/2004

アメリカとカナダとの違い

7月中は、出張(学会参加)やvacationでほとんど自宅を離れ、アメリカとカナダを行ったり来たりしていた(ちなみに、カナダ入国3回でうち陸路2回、アメリカ再入国3回でうち陸路2回)おかげで、いくつかアメリカとカナダとの違いについて感じることがありました。

まず分かりやすいところでいえば、言葉の違いです。"center"ではなく"centre"という表記になるというのはよく聞くところですが、トイレを"washroom"と言うのは恥ずかしながら知りませんでした(アメリカでは"restroom"が普通)。
そして細かいところで一番驚いたのは、ファーストフードに行った時でした。「こちらでお召し上がりですか、それともお持ち帰りですか?」というのをアメリカでは一般的に"For here, or to go?"と言うのですが(この言葉、簡単なだけに予備知識がないと意味が全く分かりません。アメリカ旅行前に覚える必須ワードです)、カナダでは"To stay, or to go?"3打数3安打で聞かれました。「へー、カナダではそう言うのか」と感心しつつ、ついつい言い慣れている"For here."3打数3安打で答えとして使ってしまったのですが。(´▽`;)ヽ

そして、今回はそれぞれの国でいろいろと国立公園を回ったので、その考え方の違いについてもはっきりと感じることができました。アメリカでは、とにかく「現状維持」の考えが最優先で、公園の中にはレストランや土産物屋などの建物が最小限しかありません。それに対しカナダでは、公園内に街があっていろいろ買い物も出来るし、レストランも選び放題、って感じの「観光地」になっています。この違いを顕著に感じたのは、隣り合わせに存在するGlacier国立公園(アメリカ)とWaterton国立公園(カナダ)の違いを目にした時でした(ただ、もちろんカナダでは国立公園の自然保護をおろそかにしているという意味ではありません)。
※ちなみに、ナイアガラの滝のアメリカ側とカナダ側でも同様の違い(アメリカ側は小ぢんまりとしているのに対し、カナダ側は一大観光地となっている)が見られます。ただこれは、カナダ側の方が滝がきれいに見えるという立地条件の差も一因なのかもしれません。

アメリカでは「まだあまり知れ渡っていない秘湯」、カナダでは「一大観光地となってしまい、温泉の代名詞となってしまった元秘湯」といった感じでしょうか。もちろんカナダはカナダなりの魅力があるし、観光地には観光地なりの魅力があるのですが、国立公園に自然を楽しみに行くという観点から言うと、私的にはアメリカ側の方がシックリ来ました(Glacier国立公園とカナディアンロッキーの比較と言う意味で)。ただまあ、宿が少ないので予約を取るのが大変だし、毎回毎回どこで食事をするかに悩まされたというのは事実としてあるのですが。

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08/08/2004

旅行写真ダイジェスト版(その3)

またまた旅行写真ダイジェストです。本日はいよいよ最終回、カナディアンロッキー編第2話!

Maligne lake カナディアンロッキー最大の都市Banffから北へ約300km、Bow Valley ParkwayIcefield Parkwayを走り抜け、Jasperへ到着です。まずはJasperの代名詞ともいえるMaligne湖へ行ってみました。今回の旅行で山と湖という光景をかなりたくさん見ましたが、それぞれに個性があって表情が違うということがよく分かりました。この湖は、ボートクルーズなどに参加して奥の方まで行ってみるのが味があるようなのですが、今回は時間等の関係で残念ながら割愛。しかし湖畔から眺めるだけでも素晴らしさは十分伝わってきました

Medicine lake こちらは、Maligne lakeの手前にあるMedicine lakeです。Maligne lakeの陰に隠れてちょっと地味な存在ですが、私的にはこちらの方が好みでした。この湖、湖底から川につながる流れがあって、寒くなると氷河が溶けなくなるのでどんどん水位が低下し、冬には完全に干上がってしまうそうなのです。そういう意味で、冬にもう一度訪れてみたい場所でもあります。

Jasper from Whistlers Mt. Jasperの街近くにあるWhistlers山の山頂付近までゴンドラ(Jasper Tramway)で登ってきました。本当はここから頂上までのトレイルがあるのですが、長旅の疲れもあってか子供(3歳8ヶ月)が疲れ気味だったので途中で引き返しました。ということで、引き返す直前に写真を一枚。Jasperの街と、それに沿って流れるAthabasca川、そしてEdith、Annette、Beauvertという3つの湖がはっきりと見えました。鳥の視点を得て、何とも雄大な気分です。

Moraine lake Icefield Parkwayを南に戻り、Lake Louiseの街に到着。この街にはその名の通りLake Louiseという湖があるのですが、それ以上にキレイなのがMoraine lakeです。湖沿いにちょっとした岩山があって、そこに登ることが出来るのですが、そこからの光景が何とも見事。Ten Peaksと呼ばれる山々に囲まれてひっそりと佇む様子は高貴とも言えるものでした。

Bighorn sheep at Two Jack lakeElk at Bow Valley Parkway
 ということで、今回出会った野生動物たちで旅行写真ダイジェストを締めくくりたいと思います。左側は、Banffの街外れにあるTwo Jack lake湖畔に佇んでいたBighorn sheep、右側は、Bow Valley Parkwayの途中で出会ったElk(シカなのですが、ウシ位の大きさがあります)です。こういう生き物が普通に見られるというのが、北米の国立公園の素晴らしいところです。公園側の管理もさることながら、訪問者のマナーも基本的にいいというのは、ぜひとも見習いたいところですね。

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08/07/2004

旅行写真ダイジェスト版(その2)

ということで、昨日に引き続き旅行写真ダイジェストです。本日は、カナディアンロッキー編第1話ナリ。

Banff from Tunnel Mt. アメリカからレンタカーで陸路カナダへ入国し、まずはカナディアンロッキー観光の中心都市とも言えるBanffへ。街中は観光地で完全に俗世間なのですが、街からちょっと離れると雄大な自然を感じることができます。この写真は、Banffの街外れからTunnel山に向かうトレイルの途中で撮影した写真です。眼下に広がるBanffの街並みと果てしなく広がる山々。Banffから行けるトレイルとしてはかなりお奨めです。

Banff from Sulfer Mt. 続いて、ゴンドラに乗ってSulfer山へ。ここまで上ってしまうと、Tunnel山(写真中央下)もちっぽけな山に早変わりです。象徴ともいえるCascade山(写真左上)に寄り添うように広がるBanffの街並み(写真左下)。この景色を見れるだけでもゴンドラに乗る価値はあると思います。ちなみに、ゴンドラを降りたところから頂上までちょっとしたトレイルがあります。こちらも歩く価値アリ!

Peyto lake カナディアンロッキーのハイライトと言えば、BanffからJasperへ向かう全長約300kmの縦断路、Bow Valley ParkwayIcefield Parkwayです。ここだけに限らないのですが、特にこの道はレンタカーを借りて自分で運転してみることをお奨めします。というのも、途中に無数の見どころがあるので、自分のペースでフラリと立ち止まっていろいろと見て回るのが何とも楽しいのですね。この写真はPeyto lakeで、湖の色が季節や時間帯によって微妙に変化することで有名です。湖畔の展望台から見下ろすと、湖の色のあまりの美しさにビックリします。

Icefield Parkway 山間を縫うように走るIcefield Parkwayです。とにかくこの道はいろんな表情を見せてくれるため、ただドライブしているだけでも全く飽きません。この道を走るためだけにもう一度訪問してもいいくらい!

Athabasca Glacier カナディアンロッキーといえばやはりここは外せない!ということで、Colombia Icefield内のAthabasca Glacierの上を歩いてきました。氷河の上に行くには雪上車ツアーを利用するのが一般的ですが、Athabasca Glacierのすぐ近くに駐車場があって、そこからテコテコと歩いていくと氷河まで行けるのですね(ただこの場合、危険と隣りあわせということも忘れてはいけないでしょう)。ちなみに、当たり前といえば当たり前ですが、氷河の上はメチャメチャ寒いです。ここで初めて、持参していた防寒着が役に立ちました。

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08/06/2004

旅行写真ダイジェスト版(その1)

ということで、ナイアガラの滝(学会参加のついでに訪問)、および北米ロッキー山脈(アメリカのGlacier国立公園とカナディアンロッキー:こちらはただのvacation)旅行からようやく帰ってまいりました。本当はもっとこまめに更新する予定だったのですが、どこもネット環境がよろしくなかったのと、毎日結構疲れ果ててしまったのとで、今更ながらのご報告になってしまいました。ホントすみません。
詳細は何らかの形できちんとまとめる予定ですが、まずはダイジェスト版の写真をご報告します。

ナイアガラの滝 ということで、こちらはナイアガラの、いわゆる「カナダ滝」です。馬の蹄鉄のような形をしているので、"Horseshoe Falls"という名前が付いています。そのままでも結構滝の近くまで行ける(平気で水しぶきが飛んできて濡れます)のですが、滝の裏側ツアー(Journey Behind the Falls)に参加すると、滝の真横にある展望台に行くことができます。これがまさに嵐の中に飛び出した感じで、もはや「笑うしかない」状況になります(カッパを貸してくれるのですが、何の役にも立たないと言っていいでしょう)が、それだけに迫力満点で、滝の凄さを実感できます。

St.Mary lake こちらは、アメリカはMontana州のGlacier国立公園の中にあるSt.Mary lakeです。今回の北米ロッキー山脈旅行ではこのような素晴らしい景色に数々出会いましたが、ここが最初の目的地ということで、目に入ってくる景色のインパクトは抜群!でした。神々しいまでにそそり立つ山々と、作り物のような美しい色をした湖。私の写真でその素晴らしさが伝わるでしょうか?

Hidden lake trail アメリカやカナダの国立公園に行ったら、トレイル(ハイキング)をしないとその魅力を満喫できない、といろんな本やウェブサイトに書いてあったので、今回はいろいろと歩き回ってみました。こちらはGlacier国立公園内で最も有名な、Logan PassからHidden lakeへ行くトレイルの途中で撮ったものです。結構な高低差のある、片道2km近い道のりですが、雄大な景色を眺めながらだとそんな苦労もどこへやら、です。

Mountain Goat 今回の旅行ではいろいろな野生動物に出会うことができました。こちらは、Going to the Sun Roadの途中で見かけたMountain Goatです。実に普通に道路を横断してましたね。ただ、ガイドブックなんかを読むとゴロゴロ野生動物に出会えるような感じで書いてありますが、我々は大体「1日1アニマル(リスなどの小型動物も含む)」って感じの打率でした。予想したよりは少なかったかな?

Appekunny Falls trail こちらは、Many Glacierに向かう途中にあったAppekunny Fallsに向かうトレイルの途中です。Hidden lakeへのトレイルと高低差や距離がさほど変わらないということで選んでみたのですが、こちらは往復の間で誰一人ともすれ違いませんでした(Hidden lakeの方は、かなりの人が歩いています)。予想した以上に結構なケモノ道で、途中熊除けのために「チリンチリーン!」と熊除けの鈴の口真似をしながら歩いてましたね(笑)。でも、こちらも味があってナカナカです。

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