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06/30/2004

「答えを出す」ことと「問題を見つけ出す」こと

留学という形で大学に戻ってはや9ヶ月。環境的にも、そして文化的にも大きな変化があったということでいろいろと思うことも多く、それがこの日記のモチベーションになっている訳ですが、会社から大学に戻って来たというのもあって、中でも「学ぶ」って何だろう、とよく考えたりします。そして、このことを考えている時によく思い出すのは、某国立大学工学部助教授でありミステリー作家でもある森博嗣氏の著書、「臨機応答・変問自在」(森博嗣著、集英社新書)です。

氏は学生に質問をさせることで出席を取りその学生の理解度を評価し(そのため、いわゆるテストはなし)、出て来た質問に答える形で授業を進めているのですが、この本は、その質問および回答の中から一般の人が読んでもそこそこ面白い(であろう)内容をピックアップしたものです。専門の建築、コンクリートから、大学について、科学一般について、さらには人生相談的なものまで含まれています。

氏の「学ぶこと」に関する捉え方(現状把握)は非常に明確で、小・中・高までは「勉強の仕方、道具の使い方(文字の読み書き、記号の学習、意味を理解する訓練、それを表現する手法)」を学習し、大学では「これらの道具を利用して好きなものを作る」段階となるとしています。個々で、「何を作りたいか」という目標が異なるため、画一的な授業ではなく、「知りたいことに答える」ことが大学の教師の役割ということで、そのような授業方式を採っているようです。

一般的な教育では、「ある問題に対し答えを出す(=実際にモノを作り上げる)」ことが非常に重視されています。しかし、「どのような問いが出来るか」で評価をするという氏の方法は、「何が問題かを見つけ出す(=作りたいものを明確に持ち、設計する)」ことがもっともっと大切だということを明確に示したものだと思います。答えを出すのはある部分コンピューターにも出来る訳ですが、問題は決して見つけ出せないのですから。

 人は、どう答えるかではなく、何を問うかで評価される。
  (森博嗣著 「臨機応答・変問自在」より)

おそらく、みんな小さい頃は、「何で空は青いんだろう」とか「何で鳥は空を飛べるんだろう」とか、いろんなことに疑問を持っていたはずです。これがまさに「問題を見つけ出す」能力の基本形だと思うのですが、残念ながら、現状の小・中・高の教育は「答えを出す」訓練のみでこの能力を伸ばす努力はほとんどされておらず、そういう感受性を「殺して」いるのが現実だと思います。

昨今、理数系離れが著しいと報道されたりしています(個人的には、理数系だけでなく「学ぶ」ことから子供たちが離れていっている気がしています)。しかし、「問題を見つけ出し」、数学や物理や化学などを道具として「答えを出す」楽しさを伝えることができれば、十分その対策になるのではないかと思っています。

そしてそれは、大人(親だったり、先生だったり)が子供たちと一緒に「問題を見つけ出し」、「答えを出す」楽しさ味わえばよいと私は思っています。「教える」なんておこがましいことを考えず、一緒に考えて答えを導いていって、大人自身が「学ぶ」楽しさを味わえば、そしてその姿を子供たちに見せられればきっとそれで充分だと思うのです。

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06/29/2004

「カード社会」と「自動引き落とし」

昨日の週刊ココログ・ガイドへの紹介以来、数多くの方がこのページを見に来て頂いているようです。予想できたこととはいえ、何とも嬉しい限りですが、逆に身の引き締まる思いもしますね。いずれにしても、今後も見に来て頂けるようコンテンツを充実させていかないと、ね。

アメリカはカード社会とよく言われます。そして事実、使えないところを探すのが難しいくらい、あらゆるところでクレジットカードやデビットカードが使えます。数ドルの支払いでも問題なく使えるので(New Yorkでは最低何ドル以上、とか書いてあるところもよく見かけましたが、今住んでいるChampaignではそういう制限をほとんど見たことがありません)、いろんな支払いに普通にカードを使うようになってしまい、今では逆に「日本だとそんなにカードって使えなかったっけ?」とまで思う始末です。

ちなみに、日本で作ったクレジットカードはもちろんアメリカでも使えるのですが、為替手数料が必要な分ちょっと損をするので、ドル建てで払えるカードは暮らしていく上ではほぼ必須です。しかし、アメリカでクレジットカードを作るのはかなり大変です。というのも、アメリカでのクレジットヒストリーがないという理由でカードを作ってくれないことがよくあるためです。実際私も、今使っている銀行のクレジットカードを作ろうとして、審査で軽ーくはじかれました(しかしここで冷静になると、アメリカ人はいったいどうやって最初のクレジットカードを作るんだろう・・・うーむ)。

そこで今私が使っているのは、JALファミリークラブ・プレミオカードです(留学時に会社費用でJALファミリークラブに入っていたのですね)。このカードは、日本でのクレジットヒストリーを考慮して審査してくれるという、アメリカでのクレジットヒストリーがない日本人には感涙モノのカードです。もちろんドル建てで払えますし、このカードでアメリカでのクレジットヒストリーを構築することができます(ただし、Social Security Numberの登録が必要だそうです)。しかも、利用するとJALのマイレージ(ちなみにアメリカではFFP:Frequent Flyer Programと呼ばれるのが一般的です)も貯まるし、嬉しいですよね。年会費は年70ドルと多少高めですが・・・

そんなアメリカですが、なぜか「公共料金の自動引き落とし」という、日本ではとっても当たり前のシステムがほとんどありません。ガス、電気、水道などの会社から請求書を送ってきて、それに小切手(Personal Check)を添えて返送するのが一般的です(e-mailで連絡が来て、web上でカード支払いというシステムのところもありますが、まだ一部です)。「カード社会のアメリカでこんなシステムがないなんて・・・」とずっと思っていたのですが、あるアメリカ人のコメントを聞いて、ポンとひざを打ったのでした。

 金額も見ないで勝手に引き落とされるなんて

 そんな危険なマネは絶対できない!!(`Д´)ノ

そうです。アメリカでは手違いによる請求ミスがかなり起こるそうなのです。

そう言われてみれば、確かに私も銀行口座やクレジットカードの出納履歴は数日に1回必ずチェックして、間違いがないか確認しています。幸いにも私はまだトラブルに遭ったことはありませんが、その手のトラブルの話はゴロゴロ転がっていますし。そういう意味では確かに請求書を見てから払うってのは理には適っているのですが、

 ミスをなくす努力をしようや >アメリカ人

まあ、そう思うと、この点ではホント日本って優秀ですよね。うん。

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06/28/2004

「科学」と「哲学」

今日は、とにもかくにもこの話題から

本日記のサイトが・・・

 週刊ココログ・ガイドに紹介されちゃった! (ノ´∀`)ノ

何かですね、数日前に「ココログ事務局」名義でメールがいきなり届いて、あなたのココログを紹介したいという衝撃のオファーがあったのです。正直、そのメールを受け取ってからずっと心の中では浮かれまくっていた訳ですが、「イタズラだったら恥ずかしいから」という、冷静になるともっと恥ずかしい理由でこの事実をずっと心の中にしまっていたのです。

んで、本日ついに紹介ページが公開された次第です。

 いやあ、嘘じゃなくてよかった。(niftyさん、ごめんなさい)

拙文とはいえ、この日記は他人に読んでもらうことを前提とした文章なので、こういう場に取り上げてもらえたというのは、何か評価してもらったみたいでホント嬉しいです(←浮かれすぎ)

しかし、今ふと冷静になると、どうやって私のココログが選ばれたんだろう・・・選考基準はとっても謎ですが、まあ謎は謎のままの方が幸せなこともありますよね(←冷静になりなさい!)

何にせよ、今後も書き続けていきますので、引き続きご愛顧頂けますと幸い至極です。

さてさて。

以前もご紹介した、「14歳からの哲学」(池田晶子著、トランスビュー)を今日パラパラと読み直していたのですが、ふと気になるところがありました。
それは、人間の「運命」というものに関する記述です。

科学にとっては、人間が生まれるということは、精子と卵子の結合であり、生まれた子供に自分という意識が宿るのはずっとあと、自由意志を持つその時と決まっているからだ。なるほど、信仰を持たない人間にとっては、神様が人間の運命を決めているのではないのだから、これは一見人間の自由を尊重する考え方のようだ。しかし、裏返してみれば、これは完全な運命論なんだ。人がその性格や能力、顔かたちなのは、DNA、両親のDNAによって決定されているのだからどうしようもないと宣告しているからだ。
  (池田晶子著 「14歳からの哲学」より)

筆者は、「科学」という、人間の外面からのアプローチは、「哲学」という、人間の内面からのアプローチと相反する、相容れない性質のものと考えているのではないかと思います。私個人の考えですが、「科学」は「哲学」を否定するものではない、いや、むしろその2つの武器を持ってこそ本質によりアプローチできるものだと思うのです。「科学」とは、大自然をも容易に変えうる強力なものです。だからこそ、2つの武器を持ち続けることは科学者にとって非常に重要なことだと私は思うのです。

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06/27/2004

またまた単位の話

以前も日記に書いたのですが、欧米独自の単位というものには苦労させられます。いまだにインチやフィート、ポンドや華氏には困ることも多いのですが、ようやく慣れてきてまあ何となく感覚はつかめつつあります。

ただ、容積を示すガロン(Gallon)のように、同じ表現でありながらアメリカとイギリスとで異なる量を指す(アメリカ:1ガロン=約3.785リットル、イギリス:1ガロン=約4.546リットル)、ってのは勘弁してほしいトコロです。何でこういう不合理な状態で残しておくのでしょうね。

とか考えていたら、さらなる強敵のことをふと思い出しました。

日本にいた時の話。ある製品を開発していたのですが、今までにない性能を得るためには新しい原料が必要だということが分かってきたので、資材関係の部署にお願いしてその原料の価格を調べてもらいました。量産ラインを完全に意識していたので、トン当たりどのくらいの価格かを知りたいとお願いしたのですが、帰ってきた返事には"$○○/MT"(1MTあたり○○ドル)という見慣れない表記があります(輸入が必要な原料だったので、ドル表記でした)。

「何じゃこりゃ?」と思って、事典で調べていたところ、衝撃の事実が!

MT:メートルトン(meter ton, metric ton)
メートル法における質量の単位であり、1MT=1000kg。
イギリスにおける英トン(2240ポンド、約1016kg)、アメリカにおける米トン(2000ポンド、約907.2kg)と区別するため、仏トンとも呼ばれる。

・・・

 トンって1000kgじゃないのもあるんかー! (#゚Д゚)ノ
  しかもまたイギリスとアメリカとで違うし・・・

いやまさか、こんなトラップがあるなんて思いもしませんでした。文化的な背景もあるので、全ての国で一般生活の単位をメートル法にせい!とは言いませんが、こういう混乱を招く単位だけは至急何とかした方がいいと思いますね、ホント。

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06/26/2004

日本の心をアメリカで

今日は日本の心のお話など。

香川県に鎌田醤油という店があります。その名の通り醤油屋さんなのですが(笑)、かつお節・さば節・昆布ダシなどの入ったダシ醤油や、ワインビネガーとゆず・野菜エキスの入ったサラダ醤油などいろんな種類の醤油製品を取り扱っていて、しかも通信販売で購入することが出来るのです。

十年ほど前に、私の母がどこからかこの店の噂を聞きつけて購入したのですが、以来すっかりダシ醤油のファンになっていて、私が日本にいた時には実家への帰省から戻る際に時たま持たされていたものでした。ちなみに、ダシ好きな私はもちろん気に入って使っていました。

渡米して数ヶ月経ったある日、母親と電話で話していたら突然、「鎌田醤油は海外便もやっている」という話になり、ふとあの味が恋しくなった私はさっそく取り寄せてみました。ダシ醤油+サラダ醤油+ぽん酢醤油を詰め合わせたカナダセットです(なぜそういう名前かというと、鎌田醤油はカナダに販売小売店を持っているためのようです)。

しばらくして商品が届いたのでさっそく使ってみたのですが、

 ビバ!日本の心! (´∀`)ノ

非常にシンプルでありながら、日本人の心の琴線に触れまくる逸品でありました。送料まで含めると多少お高くはなってしまいますが、少なくとも日本から取り寄せるよりは安いので、まあ仕方なし!って感じです。

ということで、先日の旅行でお世話になったBostonの友人に、お礼として同じセットを贈ることにしました。彼も日本にいるとき以上に和食にこだわりが出たと言っていたので、気に入ってもらえるといいな。

そうそう、今回は贈り物だったのでメールでいくつか問い合わせをしたのですが、その対応がまた非常によかったのです。そういう意味でも、日本の心を感じたひとときでありました。拍手。

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06/25/2004

アメリカでの「本屋」の楽しみ方

アメリカに来て驚いたことに、本屋のシステムがあります。

土地の広さを反映してか、どの店も広々としているのですが、それに加えて当たり前のように椅子やソファーが置いてあるのです。「どうぞ楽になって、好きなだけ本を読んで行ってよ」と言わんばかりですし、実際多くの人がそうしています

そして、本屋には大体カフェが併設してあるのですが、さらに驚くことに、会計を済ませていない本まで持ち込んでいいところが結構あるのです。例えば、日本でも有名なStarbucksは、アメリカの大手書店チェーンBarnes & Nobleと提携し、「書店内の本を自由に読めるカフェ」として全米展開を成功させています。私は本を汚すのが何となくイヤで、会計を済ませたものしか持ち込んだことはありませんが、確かにカフェで本を読みつつボンヤリするのもなかなか楽しいものです(しかも最近ではワイヤレスでインターネットに接続できる店も増えてきているので、さらにゆっくりしてしまうことも)。

何にしても、大らかに読書を推奨する環境を整えている、って感じで、個人的には好感が持てます。日本人の活字離れが叫ばれて久しいですが、読書の環境と的確なコンテンツがあればもっと本を読む日本人は増える気がするので、日本でもこの手の本屋がボチボチ出始めてきているというのは悪いことではないな、と思っています(まあ、活字離れが全面的に悪いとも思ってはいませんが)。

渡米当初は、当たり前ですがアメリカの本屋には基本的に英語の本しかないので、本屋にはそんなに食指が動かなかったのですが、そういう意味でだんだんその楽しみを見つけつつある今日この頃です。とりあえず今は、アメリカでも人気のあるよしもとばななさんの"Kitchen" (英語版、Megan Backus訳)を読んだりしています。もちろん分からない単語はいろいろと出てくるのですが、辞書なしで読んでもばななさんの世界観は確実に伝わってきますので、「英語の勉強のために小説とか読んでみたいけど・・・」という方にはお奨めかも。

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06/24/2004

「アメリカの月」と「イスラムの月」

今日は、先日Bostonで購入したMIT(マサチューセッツ工科大学)のTシャツを着て、大学で実験してました。

 私って裏切り者? (´▽`;)

それはともかく、湿度が低いって何とも素晴らしいことですね。気温は30℃を超えているのに、日陰に行くとホント涼しいんですもん。外人さんが、日本の夏は耐えられないという気持ちがちょっと分かってきた今日この頃。

そんな中、「アメリカ」(藤原新也著、集英社文庫)を読了。アメリカ全土を200日かけモーターホーム(日本ではキャンピングカーですが、アメリカではこう言います)で漂流した旅の記録なのですが、その旅の途中でとらえたアメリカの今についての考察に多くのページが割かれていることが特徴です。

多少ハードボイルドテイストで好みが分かれるかもしれませんが、個人的には取り上げているテーマ(「ファミリー」「人種差別」「ミッキーマウス」「マイケル・ジャクソン」「マクドナルド」、そして「アメリカの特徴」などなど)とその考察について唸らされる場面がたくさんありました。

中でも、1969年のアポロ11号の月面着陸の話を基点にした「アメリカの月」という話には、今まで私が考えなかった視点からのアプローチがなされていて、特に興味深かったです。

筆者は、中近東の沙漠を旅行中にその場面に遭遇します。小さな村の電器屋の街頭テレビの前には黒山の人だかり。そんな中、無事アポロ11号は月面に着陸、宇宙飛行士がフワリフワリと月面を歩き、星条旗を月面に突き立てます。筆者はそこで無邪気な歓声を上げる人々を予想したようなのですが、実際に上がった叫びは、想像とは全く異なるものでした。

「アメリカは悪魔だ」
一九六九年八月、あの人類の劇的な瞬間に陶酔する地球上のあまたの人々のその中で、その東洋の一点にまったくそれとは逆の反応を示した人々のいたことを誰が想像できるだろうか。
 (中略)
つまり、アメリカの唯物主義とこのイスラム民族の神秘主義とはもともと相容れないものだったのである。それがあの月面の着陸によってはっきりと顕在化した。アメリカの宇宙飛行士はちょうど、ある民族の神殿における奥の院にずけずけと踏み込み、その御神体に国旗つきの槍を突き刺したのである。ちょうど戦場で占領した陣地に兵士が国旗を立てるように。そのとき、イスラムの民が何千年と月に託してきた心の規矩は汚された。

 (藤原新也著 「アメリカ」 "アメリカの月"より)

イスラム世界では、生命を育む前に全てを焼き尽くしてしまう灼熱の「太陽」ではなく、「月」が信仰の対象として掲げられています(太陽暦ではなく、太陰暦を採用していることもその証拠と言えるでしょう)。そのような、信仰の対象としての、「月」の神秘をアッサリと明らかにされ、「神」のイメージを汚してしまったアメリカの即物的探究心が筆者によって指摘されています。

そしてこの本質は、30年以上経った今でも残り続けているんだなあ、と私は溜息をついてしまうのです。

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06/23/2004

車ゲットだぜ!~手続き編

そんなこんなで、本日は購入した車の名義変更の日です。朝8時にChampaignのDrivers License Officeで売っていただく方と待ち合わせして、さっそく手続きに向かいます(Officeは8時オープンなのです)。

さすがにこの手の手続き窓口は空いていた(運転免許取得の方は、予想通り既に混んでいました)ので、すぐに処理開始。売り主さんが自動車所有証明書を、私が運転免許および既に加入している自動車保険の証書を一緒に提出すると、書類を渡され、私の住所やSocial Security Number等の個人情報を記入するよう言われます。記入して提出すると、2~3分後には、

 はい、どーぞ! ( ̄◇ ̄)

と控えの書類とナンバープレートを渡されました。
はい、そうです。要はこれで、

 All Set!! (´∀`)b

全ての任務が完了なのです。手続きはとっても簡単だとは聞いてはいたものの、ホントにアッサリしていて、なんか「ホントにこれでいいの?」って感じすらしますね。

ということで、2人で車のもとに向かい、さっそくナンバープレートを交換(ただ単にネジ止めで、日本のように封印などしないのです)。これで晴れて私の車になったという訳です。

代金はバンクチェックの形で支払ったのですが、念のためお金が相手側の口座に入るところまでを確認しておこうということで、その後2人揃って銀行へ。無事お金が振り込まれ、これで完全に終了となりました。売っていただいた方とはそこで別れ(家が銀行のすぐそばなのです)、さっそく車で学校へ向かいました。

 ああ、快適・・・ (´▽`)

いろんな意味で時間に縛られなくなって、精神的にもとっても楽になりました。
ビバ、車! ビバ!ギャラン!

そうそう、今日対応していただいたのは外人の女性(どこが地元か聞き忘れましたが、ヨーロッパ系の方ではなかったかと・・・)なのですが、近々ダンナさんの地元である日本へ旅立たれるそうです(私同様、ダンナさんもこの大学で客員研究員をされていたそうなのですが、春に一足先に日本へ戻られたそうです)。

聞いてみると、旅行以外で日本に行くのは初めてで、日本語も勉強中とのこと。多分、言葉や文化の違いでいろいろと大変なことも多いでしょう。何か、自分の今の姿を見ているようで(いや、多分彼女の方が私より何十倍もキツイでしょう)、とっても頑張ってほしいなと思いました。

ということで、私が日本に戻ったらまた会いましょう、と約束しました。こういう人脈が築けるのも、個人間での取引の賜物なのですね。
いろいろといい経験をさせてもらってる留学にホント感謝!

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06/22/2004

車ゲットだぜ!~準備編

えっとですね。

 セカンドカー買っちゃいました! (σ・∀・)σゲッツ!

完全に私の通勤(通学?)用です。普段は、朝息子を幼稚園に送って行くついでに大学まで送ってもらい、帰りはバスで、ってパターンだった(子供がいるので、そうそう迎えに来てもらう訳にもいかない)のですが、共通の実験設備の予約が混んでいるなど、時間が不規則になったりすることが多いので、車があった方がいろいろと融通が利くだろう、と思い立ったのです。私の贅沢を通してもらった訳ですね。ありがたきかな。

車は三菱のギャランで、約10歳。走行距離は10万マイル(約16万km)を超えていますが、アメリカではこの位はまだまだ現役バリバリ、って感じです。この車で遠出する訳でもないですし、十分でしょう。

ちなみに、この車は日本に帰国されるご夫妻(正確には、奥様は日本人ではありません)から、Moving Sale(引越し時に不要になったものを売りさばくSale)で購入しました。車社会のアメリカでは、この手の個人売買で中古車を手に入れる、ってのは非常に一般的で、名義変更の手続き自身も非常に簡単らしいです(1台目はディーラーから購入したため、この手の手続きは自分たちでは何もしていません)。

実際には、2週間ほど前に試乗させてもらい交渉は成立していて、明日一緒に名義変更の手続きに行くことになっています。この間に、以下の手続きを済ませる必要があります。

1. 自動車保険の加入
 自動車保険に関しては、1台目と同じところにお願いし(日本で入ってきた保険の中のサービスを利用してます)、支払いまで完了しました。

2. 車の代金の支払い
 一般的には、パーソナルチェック(個人の小切手)ではなく、マネーオーダー(日本で言う郵便為替に相当するもの)かバンクチェック(イメージとしてはトラベラーズチェックの様なもの)を使用するようです。売っていただく方に確認したところ、そのどちらかでお願いしたいとのことでしたので、本日銀行に走り、バンクチェックを作成してきました。

ということで無事準備も整ったので、明日朝Drivers License Officeに行って、名義変更を行います。
ちょっと、いや、かなり楽しみですね。
わくわく。

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06/20/2004

「知っている」ことと「使える」こと

いきなりですが、今日は英語の話から。

渡米して9ヶ月が経ちました。そして、当然のように英語で苦労しっぱなしです。
いやあ、お恥ずかしい。(´▽`;)ヾ

それでも、「聞くこと」はやっぱり多少なりとも上達した気はしなくもないんですよ。
「はあ? ヽ(゚∀゚)ノ」 ってコトも渡米直後に比べたら少なくなった気がしますし。
ただ、いまだにストレスを感じるのは、「話すこと」なんです。要は、自分の言いたいことに適した英語の表現がサラッと出てこないんですね。

特に私の場合、研究留学で、かつ一人でテーマを遂行しているので、研究室にいてもほとんど誰とも(英語を)喋らないことって少なくないんです。用事の多くはメールで行ってますし(大学の場合、実験でいろんな部屋を移動したり、時間が不規則だったりして、誰がどこにいるのか分からないことが多いので、メールの方が連絡に適しているんですね)。
やっぱり、言葉は使ってナンボなので、出来るだけ喋るようにはしているんですが・・・(英語での独り言も含む)

英単語の認識レベルって、大まかに3つに分けられると私は思っています。

1. 「読める」レベル
 頭に入ってきた瞬間には意味が分からなくても、しばらくして、もしくは文章を読んでいって文脈で、意味が判別できる単語

2. 「聞ける」レベル
 頭に入ってきた瞬間に意味が判別できる単語

3. 「話せる」レベル
 頭の中の引き出しから的確にアウトプットできる単語

とっても私見ですが、日本人がリスニングが苦手なのは、英語の音声の識別に慣れていないという最大の問題に加えて、レベル1のままで止まっている単語が多いからではないかなと思っています。英語を聞いている途中に、「聞いたことある単語なんだけど・・・」と引っかかってしまい、その後しばらく聞き取りから意識が離れてしまったおかげで最終的に何を言っているのか分からないことってよくありますから。経験則ですが、シケ単みたいないわゆる「単語帳」で覚えた単語ってここにいることが多いです。

もちろん、インプット量(読む・聞く)を増やすのはいいことなのですが、全単語をきちんと記憶していこうとすると莫大な手間がかかってしまい、その作業のおかげでインプット量が少なくなってしまう、というジレンマに陥ってしまいます。私もそうでした。

このレベルの壁を越えるため、私は今は「単語をイメージで覚える」ようにしています。いちばん極端な例では、「細かい意味はとりあえずは無視。positiveな意味か、negativeな意味か」だけを意識している単語も少なくありません。それでできるだけインプット量を増やし、何度も出てくる重要単語はしっかり意味を取る、と。私にはこの方法は意外と効果がありそうなのですね。
これは私が独断で行っている方法なので、人にお奨めできるか分かりませんが・・・

そして、「英語を話す」ということで最近つくづく思うのは、レベル2とレベル3との間の隔たりもこれまたメチャメチャ大きいということです。ここをどうクリアするかが今の課題でして、いろいろと試しているところでもあります。

これはまさに「知っている」ことと「使える」ことの壁な訳でして、これは英語に限らず多くのものに当てはまると思っています。「知ってはいるけど自分でできない」「知ってはいるけど人に教えることができない」ことって結構あるんです。

そして、このレベルの壁を意識しないことが、実は人間の視野を狭める主因になっているのではないかと私は思っています。ワイドショーのコメントなんかでよく感じる「胡散臭さ」は、レベル2の知っている「つもり」の知識が引き起こしていると思っています。
そして、本当の「プロ」の言葉がとっても重いのは、この壁の高さを知っているからだと思うのです。

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運転免許取得の巻!?(後編)

さてさて、後編です。

・・・

外の駐車場では(きちんとしたコースではなく、その場で駐車場に円錐状のコーンを立てて即席コースを作ってました)、撃墜王と思しき怖そうなオバチャンと、妙に緊張した面持ちでバイクに乗っている若い男の人。

 うーむ、「明日は我が身」か・・・ ( ̄_ ̄|||)

まあイリノイ州では、翌営業日以降に追加料金なしで再試験できるらしいし、と妙に悲観的なことまで考え始めます。そのうち戻ってきた若い男の人は笑顔だったので、百発百中の撃墜王ではなさそうですが、ただ東洋人に厳しい試験官とか、英語ができない人間に厳しい試験官とかいるらしいし・・・(その若い男の人は、英語ペラペラの西洋人でした)

そうそう、アメリカでは運転免許を取るときには車やバイクを持ち込む必要があります。私らのように国際免許を持っている場合はいいのですが、普通は誰かに頼んで車またはバイクを運転して持ってきてもらう必要があります。そうです。私が時間をつぶして待合室に戻ってきた時にいた2人ですが、一人はバイクの試験を受けた青年、そしてもう一人は、彼の試験用にバイクを運転してきてくれた友人だったようです。

ということで、あっさりと次は私の番です。突然の繰り上げ当選にちょっと焦りつつ、気合を入れ直して待っていると、


 じゃあ始めましょうか。 (´∀`)


出てきたのは何と、最初窓口にいた優しそうなご婦人ではないですか!!
いきなりの展開に再度焦りつつ、しかし安堵の溜息を漏らしていると、車に乗ってエンジンをかけて窓を開けて待っているように言われました。実技試験に関しては、すでに先達の知恵頭に入っているので、以降は落ち着いて対応できそうです。

しばらく待つと、サングラスをかけてクリップボードを持った、「いかにも教官!」といった風に変身したご婦人がやって来ました。まずは想定通り、ウインカーやホーン、ブレーキランプのテストが行われます。

その後、教官が助手席に乗り込んで、実技試験開始です。10分から15分かけて街中を走って、特に問題がなければ合格となる訳です。コースはその場で指定されるので、英語に不安のある私はちょっとドキドキですが、曲がる時も必ず手をその方向に向けて、"Turn right"、"Turn left"とやってくれるので安心でした。

しかし一度だけ、手を右に向けながら"Turn left"と言われた時は、

 どっちやねん!! ヽ(`Д´)ノ

と思わず日本語でツッコミそうになりました。急いで、"which?"とか聞いたら、すぐ間違いに気付いて訂正してくれましたが。

運転自身は日本で8年近くやっているので、特に難しいことはありません。無事にDrivers License Officeまで帰り着き、"Excellent!"という言葉とともに、合格です

その後、オフィス内で写真を撮って、2~3分後にはアッサリと免許を手にすることが出来ました。アメリカ(の特に田舎)では車がないと生きていけないとは言え、こんな簡単に免許を渡していいものか、という思いと、日本は何であんな時間がかかるんだろう(自動車学校も、試験場も)、という思いが交錯しつつ、でも何にしても肩の荷が降りて嬉しいことです。


さてさて、帰りに再度高速を走りながら、ふと撃墜王のオバチャンのことを思い出します。
すっかり忘れていました。
あのオバチャンは、バイク専門の教官だったのでしょうか?
そしてホントに、撃墜王だったのでしょうか?(もし普通に優しかったらゴメンナサイ)

まあ、いいや。無事免許も取れたし。
すごい勢いで後方に飛んでいく景色とともに、優しそうな教官のことも、撃墜王のオバチャンのことも、記憶の中から薄れていくのでした。

・・・映画とかだと、ここで"The End"って出るのかな?
 (↑現在開発中、ガラにもない終わり方)

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06/19/2004

運転免許取得の巻!?(前編)

渡米して9ヶ月。とっても今さらながら・・・

 イリノイ州の運転免許取りに行きました!

はい、そうです。今までは国際免許ドライバーだったのです。

なんでここまで免許取りに行かなかったのかって?

それには深ーいわけがあるのです。実は・・・


 とっても面倒くさかったから! ヽ(゚∀゚)ノ (←典型的B型)


・・・すみません。すみません。石を投げないで下さい・・・

いやもうホント、単に面倒だっただけなのですが、さすがにいい加減何とかしないと!と思い立って、今日午後(午前中は子供の幼稚園の送り迎えで奥さんが車を使うので)ついに重い腰を上げました。

普通はChampaignにあるDrivers License Officeに行くのが普通なのですが、ここは混んでいる時があるというのと、鬼教官(撃墜王)が試験官になると目も当てられない(注:昔に聞いた噂なので、いまでもいるかどうかは分かりません)のとあって、評判のいい隣町のTuscolaまで行ってきました。ちなみに、隣町とは言っても、50km近く離れています(←アメリカだねえ・・・)

高速(Interstate)をとばして約30分、14時半過ぎにDrivers License Officeに到着すると、見事に待っている人は誰もいません。窓口に行って「免許を取りたい」と言うと、入りたてのようでまだコンピューターの操作にも慣れていない若い女の人と、それを補佐するような優しそうなご婦人が対応してくれます。おかげで最初の事務手続きにちょっと時間がかかりましたが、対応は悪くなかったのでゆっくり待っていました。

しばらく待っていると、若い女の人が私を呼びます。まずは目の試験とのこと。コンタクトをしていることを伝え、問題なくクリアー。その後、「今まで交通事故で裁判沙汰になったことがある」などといった質問に10個程度答えることになったのですが、その女性はなんと

 紙を見せずに質問を口頭で言い始めた >>( ̄◇ ̄)

のです。TOEICやTOEFLのリスニングで1問間違ったってまあ「のーぷろぶれむ!」ですが、ここで聞き間違えるのは天地を揺るがす大問題です。わたしは慌てて、紙を見て答えさせてくれるようお願いしました。結局、入国審査とかにもありがちな、すべて"no"で答えるヤツだったのですが・・・(聞き間違って、"yes"とか答えてたら何が起きたんだろう?

その後、問題をもらって筆記試験です(標識問題が15問、選択問題が20問)。選択問題の中に、見覚えがない細かい問題が3題ほどありました(イリノイ州の運転教本"Rules of the Road"の巻末問題を見てきただけだったので・・・)が、常識でエイヤ!と答えておきました。終わった旨を伝えるとその場で、しかも目の前で採点してくれるのですが、1問間違い(文章を深読みしすぎました)でここも無事クリアー

引き続き実技試験になるのですが、1時間待ってくれと言われます。「誰も待ってないのに何で?」と一瞬思ったのですが、「アメリカではありがちな話だな」とあっさり承諾(アメリカにいると、この手の気長さは確実に身に付きます)、ファストフードで時間をつぶすことにしました。

1時間後に戻ってくると、2人ほど待っている人がいます。見ていると、バイクの免許を取りにきたようなのですが、教官は見るからに怖そうなオバチャンでした。


 ひょっとして、撃墜王!? ( ̄□ ̄|||)


イヤーな予感が胸をよぎり、変な汗が流れ始めます。

さて私は無事運転免許を取得することが出来るのか!?


待て、次号!! ヽ(`Д´) どーん!!

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06/18/2004

「オシャレ」な飲み方とは

今日は、Bostonの友人にもらった面白い冊子の話など。

Bostonから南に100kmほど行ったところに、フェアヘブン(Fairhaven)という非常に日本と縁のある町があります。14歳の時に漁の途中で漂流し、アメリカの捕鯨船に助けられたジョン万次郎がその後しばらくこの町で暮らしているのです(帰国後、彼が伝えたアメリカ文化に坂本龍馬をはじめ、幕末の多くの偉人が影響されたと言われています)。その縁で、ジョン万次郎の出身地である高知県土佐清水市とフェアヘブンとは姉妹都市締結をしているようです。

先日友人がフェアヘブンを訪れたところ、土佐清水青年会議所が作成した、外国人向けに土佐清水市を紹介した冊子を発見したそうなのですが、このあまりの面白さに度肝を抜かれたらしく、私にも1冊分けてくれたのです。

実際に読んでみると、何とも言えない味のある文章のオンパレードで、確かに随所に笑いのツボが転がっていました。その中身はと言うと・・・

1. 役立つ会話集

要は、こういうとき日本語で何と言うか、という文例集なのですが、すべて方言で書いてあるのです。

<例1:道に迷ったので、地図を使って教えて欲しい場合>
 Will you show it on a map?
  → すまんけんど地図で教えてくれんろうか。

<例2:窓口とかで待たされる場合>
 Should I sit and wait?
  → 座って待ちょったらえいがやろうか。

・・・

 そんな外国人イヤだ!(笑)

2. 日本の風俗・慣習

<バレンタインデー>
 毎年2月14日はバレンタインデーです。この日は女性から男性にチョコレートを送り(注:原文まま)愛を告白してもいい日になっています。チョコレート業界が考えだしたものですが、日本中がこの日にはチョコレートでうまってしまいそうになるほど沢山の種類のチョコレートが売り出されます。チョコレートには、義理チョコと本命チョコがあり義理チョコは300円~500円、本命チョコは1,000円~2,000円位の間です。最近ではチョコレート以外にもネクタイ、セーター等のプレゼントを付けて愛を告白する人も多いようです。もちろん、毎年本命チョコレートをもらえない独身男性もおり義理チョコレートを一人で淋しく食べることになります。

・・・

 細かすぎるし、大きなお世話!(笑)

3. 高知県のお酒の飲み方マナー

 あなたが一人で飲みに行った時は仕方ないので自分の杯に(注:原文まま)、自分で酒をつがなくてはなりません。しかし、複数の人で行った時、自分の盃に自分で酒をつぐのは、オシャレな行為ではないので気を付けましょう。「自分が飲みたいから飲む」のではなく、「他の人から勧められるので仕方なく飲む」という、ポーズをとるのが、よりオシャレです。(中略)
 酒をついでもらう時は、盃を手で持ち、食台より上へ上げて、相手がつぎ易い様にするのがよいつがれ方です。もし、あなたが、酒を飲みたいのに、自分の盃が空になっている時、あなたは、友人が空の盃に気が付いてくれる様に、間接的な努力をしなくてはなりません。(ここで直接ついでほしいと頼んでは、今までのオシャレが水の泡となります。)

・・・

 本音ぶちまけすぎ!(笑)
   高知県の「オシャレ」な飲み方に乾杯。

まあ総合的に言うと、

 土佐清水市あなどるべからず! ヽ(゚∀゚)ノ

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06/17/2004

NY・Boston旅行 ~和を取り戻す最終日

電光石火で、NY・Boston旅行も最終日です。

ここはホント日本だ!帰りの飛行機は夕方5時過ぎです。ゆっくり観光に回るにはちょっと時間が足りないかなということで、今日は基本的にのんびり過ごすことにしました。

とは言いつつ、話を聞いてどうしても行きたかったので、Porter Squareという駅のそばのモール内にあるKotobukiyaという店に連れて行ってもらいました。要は、日本のいろんなものが手に入る小さなスーパーです。ChicagoのMitsuwaに比べるとさすがに小さいですが、こんな店がすぐ近くにあるってのは何とも羨ましい!ここぞとばかりに、いろんな食材とかお菓子とか雑誌とかを購入しました。

ここも日本だ!その後、同じモール内にあるBlue Finという日本食の店で昼食を頂きました。友人夫妻もお奨めということで、確かに美味でした。私はサバ塩焼き定食を食べたのですが、食べている間は完全に日本にトリップしていましたもの。

ちなみにこのモールにはその他いくつか日本食の店と、日本のパン屋さんが入っていました。パン屋さんではアンパンや食パン(アメリカのパンは不味いんです!)を購入したのですが、ホント美味しかったです。こんな店もあるなんて、やっぱり羨ましい!

といったところで14時過ぎとなったため、いったん友人宅に戻り、荷物をまとめて空港へ向かいました。久しぶりの渋滞を味わいつつ、数十分後にLogan国際空港へ到着。ここでお世話になった友人と別れ(空港までも送ってもらって何とも有難かったです。この場を借りて、感謝)、17時36分発の飛行機でBostonを発ちました。

行き同様、Cincinnati/Northern Kentucky国際空港を経由し、21時頃に無事Champaignの街に到着しました(いきなり雷雨のお出迎えでビックリでしたが)。

Bostonは歴史もあれば刺激もあるし、治安もよさそうだし、日本のものが簡単に手に入るし、何とも魅力的な街でした。ただ、道路が非常に狭く入り組んでいるので、車の運転は大変そうでしたが・・・
今年の11月には学会でBostonを再訪問する予定があるのですが、その時には他の人を案内できるかな?

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06/16/2004

NY・Boston旅行 ~魚介類の5日目

言うに及ばず、NY・Boston旅行5日目です。

ジャイアント・オーシャン・タンク朝は友人宅でゆっくりと過ごさせていただき(この辺、ホテルでは味わえないくつろぎです)、ボチボチとニューイングランド水族館へ向かいました。

ペンギンやいろんな魚、ヒトデやクラゲに至るまでいろいろと見ることが出来る(ヒトデは触ることも出来る!)のですが、特に印象的なのは4階建ての建物のど真ん中を突き抜けているジャイアント・オーシャン・タンクです。大小さまざまな魚はもちろん、異常に巨大なカメ(確実に竜宮城まで人を乗せて運べそうな大きさです)には度肝を抜かれました。

そうそう、クラゲが泳いでいるのを見て我が息子が放った一言。

 「あっ、シイタケ!」 (*´∀`*)

ちょっと悲しいけど、面白かったので座布団一枚!

ちなみに彼は、館内のお土産屋さんで大小のクラゲのぬいぐるみを見つけて、「小さいのは自分のシイタケ、大きいのはお母さんのシイタケ」と言っていたそうな。
Lobsta Mickey見どころあるぞ、我が息子!
しかし、「お父さんのシイタケ」はいずこに・・・

その後、レストランやいろんな店がひしめき合っているクインシーマーケットへ。Bostonでいちばん賑わっているという謳い文句通り、たくさんの人でごった返していました。

Bostonといえばシーフード、中でもLobster、ということなのか、Lobster仕様のミッキーを発見!いかにも観光地用、って感じですが、ちょっと心惹かれてしまいました。

クラムチャウダいい時間になったので、ここで昼食です。Lobsterと並ぶBostonの名物シーフードと言えばクラムチャウダ、ということで、マーケット内にあるBoston Chowdaという店でパンの器に入ったクラムチャウダを購入しました。これがまた美味。友人夫妻の的確なナビのおかげですね。

食後にしばしマーケット内を散策して、ボストン子供博物館へ向かいました。子供に優しいアメリカ(混んでいる地下鉄とか、子連れだと確実に席を譲ってくれました)らしく、あらゆる街にこの手の楽しい施設があります。しかし訪問した日が悪かったのか、1/4程度の展示はメンテ中で見ることができませんでした

 これで通常通りの入場料が必要な「いけしゃあしゃあさ加減」に乾杯。

とか言いつつ、Bubble(シャボン玉)のコーナーでは、子供そっちのけで大人のほうが楽しんでおりましたが何か

そんなこんなで夕方になったので、いったん友人宅へ帰宅。夕食は、近くのシーフードレストラン、Summer Shackで頂きました。生牡蠣やLobsterといったシーフードはもちろん美味だったのですが、Samuel Adamsという地ビールがこれまたウマい!満足。

しかし、冷静になると、何とも魚介類満載の一日でしたね。

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06/15/2004

NY・Boston旅行 ~くつろぎの4日目

あっという間に、NY・Boston旅行4日目です。

Boston South Station本日はまずBostonへ向かいます。移動方法は、Amtrakのビジネス特急、Aceraです。そうです、これまた電車バカ息子孝行です(笑)。元々はWashingtonとBostonとを結んでいるのですが、朝7時発の便だけがNew YorkのPenn Station始発です。全席自由ということもあって、並んで座れる確率を上げるため、その便を選択していたのですね(2ヶ月ほど前にネットで予約済)。

朝6時半頃駅に到着したのですが、どのホームに行けばいいのか電光掲示板に出ていません。仕方ないのでしばらく待っていると、ようやく表示が出たので、そのホームへ向かいます。NY始発なのと、朝早いのとあってか、電車は比較的空いていました。ということで、真ん中にテーブルの付いた対面4人掛けの席を確保でき、おかげでかなり快適に過ごすことが出来ました。

出発から3時間半後、10時半にBoston South Stationに到着(Amtrakは遅れることで有名ですが、Aceraは比較的定時性が高いようです)。迎えに来てくれていた友人と合流し、車で友人宅に向かいました。

ハーバード(?)像昼食をごちそうになり、しばし休憩の後、本日の観光、Bostonと言えばということで大学巡りに連れて行ってもらいました。まずはご存知、ハーバード大学です。

そこで、有名なジョン・ハーバードの像を見物。その台座には、「ジョン・ハーバード、創立者、1638年」と記載してあるのですが、これには「3つの嘘」という有名なアメリカ丸出し過ぎる逸話があります。
1. 創立年は1638年ではなく1636年」「2. ジョン・ハーバードは創立者ではなく、創立時の後援者(マサチューセッツ・ベイコロニーの最上級役員会の評決により設立されたそうな)」までは、まあ勘違い的なミスとも言えるのである意味微笑ましいのですが、

 「3. 銅像の人物はジョン・ハーバードでなく、単なる学生の一人」
 (銅像作製時に彼の肖像画がなかったため、学生をモデルにしたそうな)

・・・

 それはあかんやろ!! (`Д´)ノ

あまりにもいけしゃあしゃあとした銅像に乾杯。

MITですその後は、マサチューセッツ工科大学(MIT)を見学。ちなみにその友人は大学時代の研究室の同期なのですが、現在MITのMBAコースに在籍しています。もう一つちなみに、私の留学先のもう一つの候補がこのMITだったのです。あまりにも因縁が深いですね。

そうそう、友人に聞いて初めて知ったのですが、MITではハック(Hack)と呼ばれるいたずらが伝統的に行われているようですね(詳細はこちら)。あまりにもマニアックないたずら(で済むレベルか!?)に笑ってしまいます。いかにもMIT!

その後、New Deal Fish Marketという、刺身で食べられる魚が手に入るという魚屋でマグロやサーモン、ヒラメやホタテなどを購入し、友人宅で寿司ディナーを頂きました。これがまた・・・

 とにかくウマい!! (゚Д゚)ノ

寿司を食べながら(ホテルとかではない)普通の家でくつろいでいると、何か日本にいる錯覚を覚えてしまいました。とにもかくにも、もてなしていただいた友人夫妻に感謝!

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06/14/2004

NY・Boston旅行 ~人種のるつぼの3日目

そんなこんなで、NY・Boston旅行3日目です。

プエルトリコ・パレード今朝はホテルで朝食(と言っても、モーテルでありがちなパンと飲み物とフルーツだけのヤツです)を済ませた後、ロックフェラーセンター付近に向かいました。目的地は和菓子の店、源吉兆庵です。明日からはBostonの友人宅にお世話になるので、手土産を買いに行ったという訳です。

現地付近に到着すると、何やら異様な熱気。しばらくすると、大音量で音楽が流れ出し、パレードが始まりました。何事かと思って見てみると、どうもプエルトリコのパレードのようでした。完全に和な店内の雰囲気の中に流れ込んでくるラテン系のリズム・・・まさにNew Yorkの醍醐味、って感じでしょうか。

チャイナタウン買い物を済ませた後、近くの紀伊国屋書店しばし日本を堪能してから、地下鉄に乗ってチャイナタウンへ昼食に向かいました。

ガイドブックを見てエイヤッと店を決め、Mandarin Court(文華閣酒家)という店に行って飲茶を頂いたのですが、どれを取っても結構な美味でした。値段もリーズナブルなもので、とっても満足。後で調べたら、いろんなサイトで美味しいと評判の店でした。ナイス選択>自分
しかしまあ、チャイナタウンのあまりの人の多さには参ってしまいましたが・・・

ニューヨーク・トランジット・ミュージアムその後は、息子孝行のため、ブルックリンにあるニューヨーク・トランジット・ミュージアム(交通博物館)に向かいました。閉鎖された駅を利用していろんな展示がされているのですが、中でもホームを利用して古い車両が展示してあるところが圧巻。10種類近い車両に実際に入って中を見ることができます。大人たちはここ数日の観光疲れが出始めた頃だったのですが、我が息子は大興奮で見て回っていました。

外に出たら息子も疲れが出たのか眠ってしまったので、本日はここまでにしてホテルに戻りました。

ということでNew York観光はこれにて終了で、明日朝Bostonに向かいます。来るまでは、正直治安の面で不安を持っていたのですが、地下鉄内も含めて、この旅の中では一度も身の危険を感じることがありませんでした(もちろん、人がいないところに行けばその限りではないかと思いますが)。今住んでいるところが雑多な人種が揃っている大学の街なので、人種のるつぼと言われるNew Yorkでも全く違和感を感じませんでしたし。
印象としては、いろいろと日本のものが手に入って便利だな、というのと、人が多くて住みにくそうだな、といった感じでしたね。(←すっかりアメリカの田舎に馴染みきったコメント

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06/13/2004

NY・Boston旅行 ~和洋折衷の2日目

ということで、NY・Boston旅行2日目です。

麗しの吉牛今朝は、お約束過ぎかなとは思いつつ、42nd Streetにある吉野家に行ってみました。店があるという情報を入手したとたん、何かとっても食べたくなってしまったのですね。店内には日本人がいっぱいいるんだろうな、と思いつつ入ってみると、予想外にも日本人は誰一人いませんでした。今は観光シーズンではないのかな?

さてさて、牛丼の方は、ほとんど日本と変わらぬ味で、大変美味しゅうございました。今住んでいるChampaignでも大学内のフードコートで牛丼は食べられるのですが、肉に脂身がない(アメリカ人は肉や乳製品の脂身を異常に気にするけど、ポテチとかコーラとか、それ以上に気にすべきものが多すぎると思う)ので、なんかイマイチなのです。こういうのがいつでも食べられるNYって素晴らしい・・・(←それだけかい!

NY観光の定番です朝食後は、42nd Streetを西に20分ほど歩き、Pier83へ。Circle Lineというフェリーツアーに参加してきました。マンハッタン島の下半分を往復する2時間のコースです。

ツアーが始まってすぐに自由の女神に接近するハイライトを迎え、マンハッタン島東部のいろんな橋を見たところで折り返すのですが、後半は一度見た景色を戻っていくので多少ダレてしまいました。ただ天気にも恵まれたので、席に座ってボンヤリ景色を見ているだけでも十分楽しいし、行き帰りで船の右側左側とも公平に景色が見れるのはいいかも(3時間でマンハッタン島を1周するツアーもあるのですが、これだと船のどちら側に陣取るかで見れる景色が決まってしまうのですね)。ちなみに、席は指定ではないので、早めにチケットを買って並んでおいた方がいいようです。私らは30分前に並んだのですが、土曜だったせいか人が多く、もう少し遅いといい席が取れなかったかもしれません。

麗しのとんこつラーメンその後、バスに乗って42nd StreetをLexington Avenueまで東に戻り、45th Streetとの交差点付近にあるめんちゃんこ亭へ。お目当ては博多ラーメン(我が家は夫婦とも九州出身なのです)だったのですが、メニューを見るとちゃんぽんもあるではないですか! ということで、迷わず博多ラーメンとちゃんぽんを注文。久しぶりに食べた日本の味って感じで、何か感動してしまいました。店内の様子も完全に日本で、何か落ち着きまくってしまいましたね。満足。

食後は、再度バスに乗って42nd Streetを西に向かい、8th Avenue付近で降りて地下鉄に乗り換え、アメリカ自然史博物館へ。ここで特に印象に残ったのは、4階にある恐竜や哺乳類の化石(その多くが本物!)と、1階の鉱物関係の展示(これは多分に私の専門と関わってくるので・・・)でした。

博物館を出た後は、その隣にあるセントラルパークに足を踏み入れたのですが、入ってすぐにあった子供用の遊具(すべり台などなど)のところでトラップされてしまい(笑)、しばし息子を放し飼いすべり台ホリックな彼は、何とも楽しげでございました。結局、そこに1時間ほどいて、地下鉄の駅に引き返してホテルへ帰りました。

そうそう、夕食にホテルのそばのファミレスTGI Friday's(34th Streetと8th Avenueの交差点付近)に行ってみたのですが、観光地価格なのかすっごい高かったです。メニューはほとんど一緒なのに、Champaignにある店の2倍近い値段でした。もちろん、味はほとんど変わりません(むしろ落ちるかも・・・)。お気をつけ下さいませ。

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06/12/2004

NY・Boston旅行 ~揺れる初日

さてさて、NY・Boston旅行初日です。

Cincinnati行きの飛行機です朝5時頃(!)ChampaignのWillard空港に到着。6時発の飛行機でまずは経由地のCincinnatiへ向かいました。使用するのが50人乗りくらいの小さなRegional Jetなんですが、途中5分ほど気流の悪いところを通ったみたいで(ちなみに昨日Chamapignは雷雨でした)、それがもう、ドリフのコントみたいにとにかく揺れること。飲み物をもらったとたん揺れ始めたので、乗客全員カップ片手にガックンガックンしてました。その間は怖いっちゃあ怖かったんですが、揺れてる間は飲み物をこぼさないよう必死だし、落ち着いたら落ち着いたで逆に笑ってしまいましたね。

そんなこんなで飛行機は無事Cincinnati/Northern Kentucky国際空港に到着。そこで2時間半の待ち時間ののち、Newark Liberty国際空港行きの飛行機に乗り換えました。こちらは順調に運行し、13時頃には到着。エアトレインNJトランジットを乗り継ぎ(ちなみに、このルートを採用したのは、電車バカの息子のためです)、14時過ぎにPenn Stationに到着しました。

ちなみに利用したホテルはHoward Johnson Penn Station。Penn Stationのすぐ近くで非常に便利な上、一等地の割にとっても安いのです(1泊$100ちょっと!)が、やっぱりそれなりのお部屋でした。まあ、仕方ないところかな。

ソロンタンこの時点で14時。空腹の我々はさっそく昼食を求めて彷徨います。今回は、目をつけていたGam Mee Okという韓国料理店へ行ってみました(店のレシートには"Gahm Mi Oak"と書いてあるんだけど、どっちが正しい綴りなんだろう?)。ガイドブックのみならず、個人のサイトでも結構評判だったので期待して行ってみたのですが、結論から言うと確かに美味でした。評判のソロンタン(牛骨スープ)、ビビンバはもちろん、キムチがとにかく美味しい!絶妙の味加減でした。

その後、地下鉄に乗ってグラウンドゼロへ。観光と安易に言ってはいけないのですが、どうしてもこの目で見ておきたかったのです。現場を実際に見ると、起きた出来事のあまりの大きさに震えてしまうほどでした。平和を叫ぶだけならとっても簡単なのですが、では実際にどのような案があるのか、そしてその結果出てくる不便さにどれだけの覚悟を持っているのか、本気で向き合わなくてはいけないと考え込んでしまいました。

その後、海沿いの公園で一休みして(自由の女神が遠くに見えました)、本日の日程は終了です。ちなみに、昼いっぱい食べたのもあって、夕食はKrispy Kremeのドーナッツを買ってホテルで食べました。アメリカのドーナッツは「アホか!」と突っ込みたくなるほど甘ったるいものが多いのですが、この店のはなかなかでした(チーズケーキ味等、中には多少クドいものもありましたが)。

しかし、久々の都会の人の多さには何とも疲れ果ててしまいました。こんなんで、日本に帰って生きていけるのだろうか・・・

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06/11/2004

「キー」が違うこと

いよいよ、明日から旅行に行ってきます。早朝にChampaignの空港を出発し、Cincinatti経由でNew Yorkに入ります(到着する空港はNewArk)。New Yorkには3泊して、その後Bostonに移動して友人宅に2泊する予定です。

日本にいた時の感覚だと、これはまごう事なき大旅行なのですが、何かすっかり国内旅行感覚で(事実、国内旅行なんですが)、準備も適当になっています。違う国に住む、違う国に慣れる、ってのはこういうことなのかな、そして実は、こういうのも留学の成果ではないかな、と勝手に思ってみたりして。

 そんなことない? (´・ω・`)

ということで、ホテルのネット環境が正確に分からないのですが、旅行中は日記の更新が遅れたりするかもしれません。出来る限り努力しますが、その節はご容赦下さいませ。

そうそう、今日、渡米して初めてTornado警報を体験しました(まさか、今までに出たことがあるけど知らなかっただけなんてオチがあったりしないよね・・・)。私の家の近くは何ごともなかったようですが、他はどうだったのでしょう。どこも被害が出ていないといいんですが。
ちなみに今は激しい雷雨です。明日の飛行機に影響がないことを祈りましょう。

気持いいほどどうでもいい話を一つ。

カラオケで、みんなが歌いやすいようにキー(調)を原曲と変えて収録してある曲ってありますよね(機種によっては、+2とか、-1とか表記してあると思います。B'zとか、STARDUST REVUEなど、高い音域を意識的に使っている歌手の曲に多いです)。個人的には、あれは問題があるのでは、と思っています。というのも、キーの選択ってのは、曲の印象を左右する重要なファクターだと思いますし、作曲者はそこまで意識して曲を作っているハズですから。

カラオケで歌う人が自分の声域に合わせてその場でキーを変えるのは仕方ないにせよ、もともと違うキーで収録されている曲に対しては、作曲者などがもっと苦情を言っていいんではないかと私は思うのですが、関係者の皆さんはそう思ってないのかなあ。
とっても極端に言えば、苦心して創り上げた作品に落書きをして展示されたようなものだと私は思うんですが。

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06/10/2004

リンクが増えました!

本館のリンクのページに、Katsuさんの今、なんて言ったんだろ・・・を追加しました!

Katsuさんはワシントン大の方に企業から研究留学されているということで、すごく親近感を覚えます。しかも、材料系という所まで一緒です!シアトルの美しい景色や生活情報が満載のこのページ、「アメリカにいる間に一度はシアトル行きたいなあ・・・」としみじみしますね。うん。

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法的な「抑制」

今日夕方、幼稚園で一緒の日本人の皆さんとともにバーベキューを行いました。平日の夕方にこんな行事が出来るところがアメリカらしいところですが、会場が普通の家の庭ってところが全くもってビバ!アメリカなところです。

今日は、サーモンの照り焼きとホットドッグがメインでしたが、なかなかでございました。そこの家では庭に家庭菜園を作っていて、そこで収穫された野菜でサラダを作っていただきましたが、これがメチャウマ。お子さま達は庭のビニールプールで遊んだり、スイカ割りをして楽しんだりしてるし、ああ、何とも言えない至福のひととき・・・

 おかあさん、アメリカに来てアウトドアライフの楽しさが分かったよ!

やっぱり、思い立ってすぐフラッとこういうことが出来るってのがアウトドアの醍醐味だな、と。肩肘張らないのが何とも言えない魅力なんですね。

そうそう、アメリカに来て初めて蛍を見ました。普通にその辺を飛んでいるんです。この街は結構いるよと噂には聞いていたのですが、実際にあちこちでフワッと光っている幻想的な姿を見ると、何とも感動ですね。うん。


さてさて、ずっと書こうかどうしようか迷っていたのですが、思い切って書くことにします。長崎の小学校で起きた痛ましい事件の件です。
(一部、勉強不足や認識不足によりおかしな点があるかもしれません。その場合はご指摘下さい。)

本件、ネットの影響がどうこう、とある映画の存在がどうこう、と言われていますが、基本的に「なぜこんな事件が起きたんだか分からない」という民衆の精神の不安を慰めるものに過ぎないと思っています。私が思うに、この事件の一番の問題点は、明確な殺意があったという点だと思うのです。

最終的にどうなるのかは分かりませんが、いずれにせよ「少年法」が判断に大きな影響を与えることは間違いないと思います。しかし、私の考えでは、このような事件の場合、大人の場合と同じ(もしくは近い)判断基準を持ってきていいと思っています。

少年法は、「子ども自身ではなく、親や周りの『環境』に主に問題があった。だからその『環境』を改善することで子供の更正を計る」という理念だと認識しています。もちろんそれは重要な考え方でしょう。しかし、明確な意思を持って殺人を犯したような場合においては、その「子ども自身」の問題に目をつぶってはいけないと思うのです。

犯罪の若年化・凶悪化が叫ばれて久しい訳ですが、その原因の一端は、少年少女たちの心を「抑制」するものがなくなってきつつあるためではないかと私は思っています。例えば、私が子供の時にももちろん「ワル」はいた訳ですが、今思うにどこかで彼ら彼女らの行動は「抑制」されていました。それは、学校に必ずいた怖い先生や派出所のおまわりさんなんかがその役割の一端を担っていたと思うのです。(そう単純に割り切れないところもありますが・・・)

だからといって、今そういう人が必要だと単純に言うつもりはありません。もちろん、法律を強化することのデメリットもあるでしょう。しかし、少年少女が犯罪を犯した場合には、やはりそれ相応の厳しい罰を受けるんだよ、という法的な「抑制」は必要だと思うのです。いつまでも、「少年少女の心に潜む影」みたいな曖昧な言葉で納得してはいけないのではないかと私は思うのです。

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06/09/2004

血は水より・・・

お恥ずかしながら、最近になってようやくバリバリと測定が出来るようになりました。ここまで紆余曲折が多々あって、その下準備用の設備を探すのに2週間かかったり、うまく行っているかと思ったら思いがけない問題があってきちんと測定できていなかったり・・・ホント、インフラを整えるって作業は大変ですね。しみじみ。ということで、ようやく面白いデータがちょっとずつちょっとずつ出始めています。

・・・たまには留学日記っぽく始めてみました。

 いかがかしら?(´・ω・`)

突然ですが、洗顔フォームの銘柄を新しくしました。今までは日本から持参していたナチュルゴを使っていたのですが、それがなくなってしまった訳ですね。ということで、先日スーパーでどれを買うか検討した結果、日本での実績もあるということで、NIVEAのやつにしました。んで、さっそく使ってみたのですが、一言で言うと、

 ガリガリに研磨されている気分 ζ◎゜∀゜◎ζ
    感覚としては、#320って感じ?(←マニアック!)

です。きっと、いつも研磨しているサンプルの精が仕向けた罠に違いありません。というか、

 いったい、アメリカ人の皮膚は何でできてるんだ?
     きっと、コランダム級の硬度はあると思う。

さてさて。

今日のシメは、3歳7ヶ月の我が息子への一言。

最近決まって見ているDVDがあるね。

今日もかなり楽しそうに見てたけど・・・

 ミニパト」そんなに面白い?

・・・「血筋は争われない」って、このこと? ヽ( ´∀`)ノ

※しかし、南雲隊長が出てきたら「おかあさん」、後藤隊長が出てきたら「おとうさん」って言うのは、ちょっと嬉しい。(←やっぱあんたのせいや!)

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06/08/2004

「読書」から得られる「ソフト」

今日、同じ研究室の学生さんからいきなりこんな質問をされました。

 「Haruki Murakamiを読んだことがあるか?」

全然知らなかったのですが、村上春樹氏の小説の多くは英訳されアメリカでも売られていて、結構人気があるようなのです(ちなみに、よしもとばななさんも人気があります)。要は、どの小説がお奨めかを聞かれたのですが、残念なことに私は今までに一冊も読んだことがありません

とは言え、何か答えた方がいいだろうと思い、有名な本のタイトルを挙げようと思ったのですが、困ったことに英語で何と言うか分かりません。「ノルウェイの森」の「ノルウェイ」って北欧の国のことか?と思いつつ、全然違っていたら困るので結局言わなかったのですが、後で調べてみると、やっぱり国名だったんですね(英語タイトルは"Norwegian Wood")。

何だかんだで結局、この話はそれ以上突っ込めずに終わってしまったのですが、同じ研究室にいてもなかなかこういう話をする機会はないので、読んでいればいろいろと話が膨らんだろうに、とちょっと残念。せっかくの機会だから、ちょっと読んでみようかな。

この流れに乗って、ちょっと読書の話など。

高校時代以降から本を読むのが好きになったのですが、それまではむしろ本を読むのが好きではありませんでした(マンガは除く)。その一つの理由は、ちょっと極端に言えば、国語の教科書とか読書感想文の課題図書とかといった形で、本を無理やり読まされたためだと考えています。

高校時代に読書に目覚めたのは、自分で選択した本の中に、新しい概念やいろんな感動を見つける醍醐味を知ってしまったためなのかな、と思っています。自力で宝を掘り当てた感動、といった感じでしょうか。

先日、ネット上でこんな言葉を見つけました。

本を読むことが読書ではない。自分の心の中に失いたくない言葉の蓄え場所をつくりだすのが、読書だ。
 
結局、本(文章)というハードから、いかに自分なりの言葉というソフト(情報)を得るか、ということだと思います。そしてこれは、情報化社会の現代を生き抜く秘訣そのものという気がして、とても深い含蓄を感じるのです。

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06/07/2004

「ビリーブ」顚末記

今日はとってもゾロ目な日ですね。6月6日と聞くと、かわいいコックさんかドラえもん絵描き歌を思い出す方がきっと多いことでしょう。いや、特に意味はありません(笑)

JuneとJuly、どちらが6月でどちらが7月かの識別を、"June Bride"という言葉でされている方も少なからずいらっしゃることでしょう。私はそうです。ちなみに恥ずかしながら、MarchとMayもよく混乱してしまいます。

それはともかく、"June Bride"と聞くと思い出す出来事があります。
それは2001年6月の出来事でした・・・


会社の先輩から、披露宴の招待状を頂きました。その先輩と知り合ったのはつい最近なので、何で呼ばれるのか不思議だったのですが、さらに何の間違いか、その披露宴で私はスピーチすることになってしまいました。端的に言うと、断れなくなってしまったのです。

そんな状況ですので、正直話すネタが無くて困り果ててしまいました。数日前から胃が痛い日が続きます。当日、会場に向かう電車の中までどういう話にするか迷っていたのですが、ある方策をふと思いつきました。次の瞬間私は電車を降り、スポーツ新聞を買って、場外馬券場へ駆け込んだのです・・・


数時間後、つつがなく披露宴は進み、いよいよ私のスピーチの順番となっていました。最初は適当にありがちな話をしていたのですが、あるところで私は、「お世話になっているお礼に、プレゼントを持ってきました」と切り出しました。そこで取り出したのは、翌日日曜日の中京競馬場のメインレース、中日スポーツ賞ファルコンステークスの馬番6番、「ビリーヴ」という馬の単勝馬券5000円分でした。

「お二人の前途が洋々であることを信じ(ビリーヴ)、ご両家がますます発展することを信じ、この馬券を購入しました。私はこの馬が一番にゴール板を駆け抜けると信じています。ちなみに、もし馬券が的中すると、お渡ししたご祝儀よりも多いお金が手元に入ることになります。」

こう言ってスピーチを締めくくりました。この馬券はそれなりにインパクトがあったようで、参加者の皆さんから面白かったとのコメントを多数頂くことができ、私的には責任を果たせたようでホッと胸をなで下ろしたのでした。

ちなみに、買った時点でのオッズは約12倍。もちろん名前だけで決めた訳ではなく、父はサンデーサイレンスだし前走も好タイムで勝っているし、ともちろん来ると思って購入したわけです。

そして翌日、そのレースが行われました。

結果は・・・・・見せ場はそれなりにあったのですが・・・・・ねえ。


・・・


・・・と、ここまでで終われば、まだありそうな話なのですが・・・(←ありそうか?)

翌年、ビリーブ号はスプリンターズSというGIレースで勝利を挙げます。

しかもその時はビリーブがらみの馬券買ってないし。


 見る目があるのか?ないのか?>自分 ノ(`Д´)ヽ


本日の教訓:競馬は馬券を取ってこそ勝者

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06/06/2004

「音楽」の魅力

アメリカでCDショップ(本屋と一緒になっていることが多いです)に行くと、当たり前ですが日本人のCDなんてほとんど見かけません。「誰それが全米デビュー!」なんてたまに聞いたりしますが、悲しいかなそういう人のCDもほとんど見かけることはありません。しかし最近、どの店に行っても必ず見かける日本人の名前があります。ジャズピアニスト、"Hiromi"(上原ひろみ)さんです。

ジャズ関係の音楽学校としては名門中の名門、アメリカはBostonのバークリー音楽院在学中にその才能が認められ、”Another Mind"というオリジナルアルバム(全曲彼女の作・編曲)で全米デビューを果たしました。日本でも、「情熱大陸」(TBS)での特集や、CM出演などによりその知名度は上がり、同アルバムで2004年の第18回ゴールドディスク大賞、ジャズ・アルバム・オブ・ザ・イヤーを受賞しています。

初めて彼女の演奏を聞く(見る)と、全身を激しく使う演奏方法や、早弾きなどの超絶的テクニック(アルバム内の「The Tom and Jerry Show」を聞くとよく分かる)といった表面的なものにばかり目が行ってしまい、音楽的にはどちらかというと前衛的な印象を受けます。しかしずっと聞いていると、メロディアスな音楽の深さがしっかりと形を示してきます。心地いいだけでも、激しいだけでもないその音楽的なバランスは、まさに「オンリーワン」と言えるものだと思います。

それはもちろん彼女の作・編曲家としての才能によるところが大きい訳ですが、同時に、「心に表れた感情を表現するのが音楽であって、テクニックなどはあくまで手段でしかない」と彼女がきちんと認識している点が大きいと思います。音楽が好きで好きでたまらない、といった心が見えるからこそ、彼女の音楽は感動的だと思うのです。

以前、「ドキュメント'01 JAZZを君たちへ ~小曽根真と高校生の和音」(日本テレビ)という番組を見たことがあります。世界的なジャズピアニストである小曽根真氏が、兵庫県の公立高校のJAZZ部を指導する過程と、自身の音楽活動とを撮影したドキュメント番組です。

小曽根氏の指導は、出来ないのを怒ったり責めたりするのではなく、出来るようになったことをバンバン誉めて、みんなに音楽の楽しさを教えるというものでした。最初は、正直言って決してうまくはなかった弱小JAZZ部だったのですが、小曽根氏の指導により、みんなの顔がどんどん「音楽を楽しむ者」へと変化し、素晴らしい演奏を聴かせるバンドに変わっていく様子は何とも感動的なものでした。

その時にはっきりと認識したのは、「音楽の感動は、『テクニック』ではなく、『演奏したい!という心(モチベーション)』によって伝わるんだなあ」という圧倒的な事実でした。だからこそ、テクニック等を含めて音楽としては荒削りでも、彼らの演奏はプロ以上に訴えかけるものがあったんだと思います。

実は私は、中学・高校と吹奏楽部に所属していたのですが、いずれも弱小部で、高校に至っては指導者もいないという状態でした。そんな訳で演奏自体は全然上手ではなかったんですが、そんな部に所属していたメンバーですから、本当に音楽が好きで集まったんだと思っています。高校を卒業して15年、いまだに当時のメンバーと(性別を問わず)深い友人関係が築けているのは、きっと音楽を通じて何かを共有できたからだと思っているのです。

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06/05/2004

「いっちょまえ」の醍醐味

 ヘロヘロっす・・・

今日は我が家で、日本人の皆様と飲み会でした。ホント久々なのですが、結構飲んでしまってヘロヘロです。何か体も痛いと思ったら、脳裏に昨日のゴルフの映像が浮かんできました。

 弱さ爆発な自分に万歳。 (TДT)

閑話休題。(←自分自身を再起動中)

渡米して8ヵ月半、幼稚園で揉まれた成果でしょうか、ウチの息子(3歳7ヶ月)がちょっとずつ英語を覚えつつあります。まだ文章を喋るまでには至りませんが、多少の単語は分かってきているようです。
その成果を確認するため、本日デザートに出てきたさくらんぼ(アメリカンチェリー)を指差して、"What's this?"と聞いたところ、

 "Cherry!!"

いっちょまえな軽やかなる"r"の発音を披露してくれました。"r"の発音の仕方なんて誰も教えていないのに、子供ってすごいなー、と感動しつつ、「日本語では何て言うの?」と追加質問をしてみたところ、

 「ぶるーべりー!!」


 なんでやねん!!

あまりに自信満々の回答に、反射的に裏拳でツッコミを入れてしまった金曜日。子育ての醍醐味だなぁ・・・

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06/04/2004

「他者」を理解すること

ゴルフコースです昼過ぎに、ゴルフのお誘いのメールが届きました。何でも、車で10分弱のところに大学が所有するゴルフコースがあるので、今日夕方5時から行きませんかとのこと。

ゴルフは、日本にいた時ちょっとやったことがあるのですが、頑張って遠くまで行って、高い金を払っていながら、周りに気を使いながらプレイした挙句、ストレスだけをお持ち帰りするという不毛さに嫌気がさして即ヤメしました。もちろん、自分の才能のなさに気付いたのも大きな要因ですが・・・

とは言えせっかくの機会なので、行ってみることにしました。夕方6時前からプレイを開始して、8時30分頃にハーフを回り終わった(日が長いのはこういう時とってもありがたい)のですが、こちらで久々にゴルフをして、認識が変わりました。まず圧倒的に値段が安い(大学の設備とはいえ、クラブを借りてカートを使用して$20ちょっとで済む)。それに基本的に混んでない。なもんで、みんなフラッとやって来てそのままコースに出ちゃう訳です。もちろん打ちっ放しなんて行く訳ありません。要は、私みたいな下手ッピがプレイしていても、誰も文句を言ったりしない、というか、気にしたりしない訳です。

んで、一番感心したのは、後ろのパーティーからプレッシャーをかけられないこと。みんなのんびりとプレイしているので、ゆっくり待ってくれます。

伸び伸びとプレイすると、ボールも素直に飛んでいく気がする今日この頃。「ゴルフってスポーツだったのか!」と今日初めて思いました。それだけ日本ではゴルフが歪んでいる証拠なんでしょう、きっと。

さてさて、毎度感謝!のトロチチさんコメントへのお返事コーナー。(←勝手にコーナーにしない!)

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個々人のが「理解した」という言葉を言った場合でも,その程度や内容に違いはものすごくあるわけで,所詮,完全に理解する,理解し合えると言うことは所詮,幻想なんでしょうな。
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本件に関し、私にとってあまりにも必要十分な言葉があったので、ここに引用します。

他者を丸ごと理解するのは不可能であり、それが可能であるかのように思いこむのは、かえって非人道的で傲慢なことかもしれない。だが、だからこそわれわれは、しっかりと目を開き、ついでに心を開かなければならない。
完全には理解し得ぬ存在であるからこそ、 他者の抱えている問題や苦しみに対して、安易な断定や無理解で臨んではならないということ、他者に対する想像力をはたらかせることこそが、自分も人間らしく生きるために必要な前提だということを忘れてはならないだろう。

  (長山靖生)

日本は、基本的に単一言語の単一民族国家です。つまり、理解不能な「他者」はいないと誤解させる条件が揃っていると言えます。「阿吽の呼吸」「以心伝心」などは、ある意味日本文化の特色でもある訳ですが、この誤解を増長することもあり得ると思います。そして、日本人が「外人」とのコミュニケーションが苦手なのは、言葉の問題以上に、「他者」を理解することに慣れていないためではないかと思っているのです。

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06/03/2004

「相互理解」を妨げるもの

何か気付いたら、この日記を書き始めて早くも3ヶ月目に突入していました。早いもんです。しみじみ。 
こういう文章を書く場があるってのは、自分の考えなんかを整理するとってもいい機会になっている訳ですが、こんないい加減な日記でも読んで頂ける方がいるわけで(きっと、おそらく)、一応「表現者」として拙いながら私なりに推敲を重ねたりしているわけです。
 
そこで話は飛ぶようですが、「国語教育」ってヤツにふと思いが及ぶわけです。というか、正しくは「テストで優劣を判断される国語教育」ってヤツですか。

基本的にテスト問題ってのは、何らかの与えられた正解があるわけですが、特に国語のテストの正解ってのは、ただ単に問題作成者にとっての解釈でしかないんじゃないか、と私は思ってしまうのです(もちろん、漢字の読みとか、文法とか、そういうルールに関するものは別です)。文章にしろ発言にしろ、「言葉」ってヤツはいったんその人を離れればどう解釈されても仕方がない、と思っている私にとっては、少なくともそんな意味での「正解」ってのはないと思っています。

逆に言うと、我々は文章にせよ、喋り言葉にせよ、使っている言葉にはできる限りの注意を払っていて、その言葉を選んだことには何らかの意味があると、少なくとも私は思っています。国語のテストで「作者が言いたいことを50字以内で述べよ」なんて問題がよくありますが、「それで表現できるなら作者は50字で書いてるわい、それで表現できない何かがあるからこういう文章になっているわけだわい」、「じゃあこの問題の正解って何? 」と私なんかは思うわけです。そしてこの感覚は、音楽や美術のテストで、「作者が言いたいことを50字以内で述べよ(もしくは音楽や美術作品で示せ、でもOKです)」てな問題があったら、「なんてナンセンスな、そんなもんに正解なんてあるの?」 と思う感覚とそんなに遠くはないのではと思うのです。

そして、私が一番問題だと思うのは、こういうことを重ねるうちに、「言葉の解釈ってのは正解が一通りだけしかないんだ」という感覚が定着することだと思うのです。この感覚は、「現実の世界も一義的で、容易に理解できる対象である」という感覚にまで発展しかねないと私は思っています。でも、ホントの世界はもちろんそんな単純ではないハズです。それは、兄妹とか恋人とか、比較的よく知っている人ですら全てを理解できないことからも言えると思います。(ただ、全てが理解できないからこそ素晴らしいんだと私は思っています)

そして、この「現実の世界も容易に理解できる対象」という感覚は、(自分自身ではないという意味での)他人との「相互理解」を妨げる一因になっている気がするのです。容易には理解できないもんだ、と思っていれば、真剣に会話をして、理解しようと努力すると思うからです。
そして、これは現代が抱える様々な歪みとあながち無関係ではない気がしているのです。

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06/02/2004

「ノスタルジア」の追体験

 (゚Д゚)ノ ウマい!

いきなりですが、今日の夕食はスパゲティミートソースでした。一口食べて、あまりの美味さに雄叫んでしまった訳なのですが、その後悲しい事実が判明しました。

 思いっきり友人からのおすそ分けでした。 (´・ω・`)

そうだよねー、今までにない美味さだったから、ウチで作った訳は(以下世界平和のために自重)

さてさて。(←背後からの視線に怯えつつ)

先ほどまで気分転換に「水曜どうでしょう」のネット配信版を見ておりました。この番組はもとも北海道ローカル(今やかなり広い地域で再放送版が放送されていますが)ということで、実は日本にいる時には見たことがなかったのですが、こちらに来てネット配信版を見てすっかりハマったという訳です。
※昨日の日記で出てきたonちゃんは、製作局であるHTBのマスコットキャラクターです。

出演者2名、ディレクター2名(スタッフのくせに半分出演者みたいなものですが)で世界中を旅しつつ、しかし映し出されるのは名所旧跡や美しい風景、感動物語などではなく、大泉洋氏と藤村ディレクターを中心に巻き起こる罵り合いやバカ話ばかり・・・文章で書くと何が面白いのか分からないですが、見ていて引き込まれてしまう圧倒的な面白さがあります。放送は2002年でいったん完結したのですが、その後もDVDやインターネット配信などで私のように新たなファンを獲得しているという事実が、その魅力を物語っていると思います。

一般のバラエティ番組は、多数の出演者・スタッフで作られていますので、全員のベクトルを合わせて面白いものを作るために、何らかの「枠」を作っています。その代表例が、人気番組「8時だョ! 全員集合」「おれたちひょうきん族」で確立された、「コントという形での状況の設定」「(リアクション芸人に対する)いじめ」という形だと思います。このため、「枠の中の出来事だ」という意識を外してしまうと、PTAなどの抗議という形につながってしまうことになります。これに対し、この番組はたった4人で作り上げていることもあり、信頼関係という力が全員のベクトルを合わせています。その気持ちよさが、誰が見ても面白い番組を作り上げているんだと思います。(そういう意味で、「鑑定」「裏ワザ発見」といった毒のない「枠」も人気があるのでしょう)

QuickJapanという雑誌に、藤村ディレクターのインタビューが掲載されています。そこに示されたコメントが、この番組のもう一つの魅力を雄弁に伝えています。

過程に価値があると考えるようになったのは、それこそ学生時代に旅行へ行った時何が一番楽しかったかと考えたら、友達と車の中で話した馬鹿話だろうと気づいたからなんですね。これは絶対誰しもがそうで、金閣寺を見たことが楽しかったわけじゃなくて、金閣寺を観に行く途中で話したことの方が大事だろうという考えは、「どうでしょう」を作る当初からありました。
  (QuickJapan Vol.52 藤村忠寿チーフ・ディレクターインタビューより)

通常の旅番組は美しい風景や感動的な物語といった「結論」を提示し、視聴者はそれを「追体験」をしながら見てしまうわけですが、この番組は旅の間の「バカ話」「罵り合い」といった、今までTVで提示されることがなかった「過程」という旅のもう一つの醍醐味を見事に「追体験」できます。そういう意味で見事すぎる「ノスタルジア」の提示が、この番組でしか味わえない大きな魅力だと思うのです。

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さてさて。

もしこの駄文を読んで興味が湧いたという方は、無料で見れるネット配信のシリーズ(ユーコン川160キロ)がありますので、ぜひお試し下さいませ。第一夜から圧倒的に笑えると思います。

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06/01/2004

「教育」のめざすもの

onちゃん勢揃い我が家に新たなる刺客がやってきました。

 風船で作ったonちゃんです。

 ・・・あまりにもマイナーですみません・・・

さて今日は、アメリカはMemorial Dayという祝日です。アメリカは祝日自体が少ないのでこのような連休は珍しいのですが、いつもと変わらぬマイペースな休みでございました。しみじみ。

ちなみに、6/11から6/16まで夏休み第1弾ということで、New YorkとBostonに旅行に行ってきます。今住んでいるところは、アメリカでもかなり治安がいい田舎町なので、Chicago以来の久々の大都会にドキドキしてしまう訳ですが、楽しいといいな。

渡米直後は、New YorkやらLos Angelesやら大都市への旅行に興味があったのですが、今はすっかり逆で、国立公園めぐりやらキャンプやらの方に心を奪われています。大都市は日本からの直行便があるので帰国後も来ようと思えば来れる、というのもありますが、やっぱりアメリカの本当の魅力は田舎にあることに気付き始めたせいです。ということで、7月に夏休み第2弾でそちら方向の旅行に出かけます。コッソリかなり楽しみです。にこにこ。

本日で「14歳からの哲学」(池田晶子著、トランスビュー)を読了。「言葉」「自分とは誰か」「死」「家族」「社会」「理想と現実」「恋愛と性」「メディアと書物」「人生」などなど、様々なテーマについて筆者の考えを示していきますが、基本的に「答え」を導くことはしません。むしろ、「分からない」という結論(読者に対する問いかけ)が多いくらいです。そのことで筆者は、「自分で考え抜くこと」があまりにも重要であることをとにかく導き出そうとしています。

「教育」とは結論を「教える」ことだと考えている人も多いかもしれません。しかし、今分かっている結論を教えることなんて、さほど重要ではないと私は思っています。非常に極端に言ってしまえば、他人の真似をして、すでに出来た道を歩くだけのことなのですから(もちろん、活用できるツールの取得、という面では非常に意味はあると思います)。むしろ、その人にしかできないこと、つまり何が問題かを「見いだし」、その解決法を「考える」、その行為の「たのしさ」を伝えることこそが本当に重要なんだと思うのです。

そう考えていくと、「先生」が上に立って「生徒」に「教えてあげる」、という上下のある関係性は取れないと思うのです。時には「先生」にも分からないことを一緒に考え、いろいろなことを伝えていくことで、「先生」も「生徒」も、お互いに高めていくことができる、それこそが「教育」のめざすものではないかと私は思っています(ついでに言うと、「親子」の関係も全く相似形だと思っています)。そういう意味で、この本の「考えるための教科書」という副題は、非常に画期的だと私は思ったのです。

この本には、いかなる答えも書いていない。答えなんかないのだから、書くことはできない。もし君が、何か答えが書いてあると期待して読んだのなら、肩すかしをくらったと思うだろう。でも、もし肩すかしをくらったと思ったのなら、それこそが始まりなんだ。君は、わからないということが、わかったのだからだ。
  (池田晶子著 「14歳からの哲学」より)

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